「やたっ、勝ったぁ！　ありがとうございました、レイさん！」

「がぁぁぁーーーーん。 ま、負けちゃったっ。
ついに、二年も後輩の結城にまで……」

WRERAの富沢レイは、ヨロヨロとおぼつかない足取りで 4月最終戦のリングを降りた。

急成長しているとはいえ、まだまだ格下。
そう思っていた後輩・結城千種からの、シングル戦初敗北。 *1a

目指すはあくまでコスプレアイドルギミックレスラーとはいえ、弱くても良い、負けても良い、と思っているわけではない。
そんな富沢にとって、この敗戦はかなりのショックだった。

さらに 5月には、アイドルレスラーとしての富沢の地位を危うくさせそうな事件も起きる。

「小縞です。明るく元気に、サービス満点でがんばります！」

社長がファミレスでスカウトしてきたという異色の新人、小縞聡美の入団。 *2a

実力は未知数だが、明るさ、プロポーション、サービス精神、そしてウェイトレス出身という要素を備える彼女の登場は、富沢の危機意識を喚起するには充分な出来事だった。

「──そう。 私はもう負けられない、負けたくない。 もっと強くならなければ。
この TTT王座にふさわしいだけの力を、手にいれなければならないんです！」 *3a

「……へいへい、わぁったわぁった。 ご立派ご立派。
だからさっさと始めねーか、富沢？
テメェはいつも、前置きのマイクが長すぎんだよ……」

5月の WRERA興行最終戦。
決して目玉カードでも何でもなかったが、一応タイトルマッチと位置づけられたのが、富沢レイ VS 村上千秋の TTT王座戦だった。

「テメェが勝手に作ったベルトなんかに興味はねーけどな。
ま、やるからには勝たせてもらうぜ」

「ふっふっふ。 さっきの話を聞いてなかったんですか、千秋さん。
今日の私は負けられないって気迫がみなぎってるんですよ？　加えて今月は、私の誕生日。
この富沢の、誕生日記念、特別仕様ベルトを、みすみす他人に渡したりするもんですか！」

「あぁ、それでベルトにケーキっぽいのが描かれてんのか。 ──ん？　待てよ。
富沢の、誕生日、特別……？　おーい、随分と TTTに無理がねぇか？」 *4a

「問答無用！　この私の TTTベルト、獲れるものなら獲ってみてください！」

── 11分25秒後。ギロチンドロップからの片エビ固めで、あっけなく千秋が勝利。 *5a

「やれやれ。 二回目で早くもマンネリな展開か？　もうちょっと粘れよ、オイ」

「ううっ……負けました、千秋さん。 これが TTTベルトです。 あと、取り扱い説明書も」

「あー、そりゃあもういいから。 ヨイショっと」

倒れた富沢が差し出すベルトと紙を軽く無視して、千秋は試合中にリング外から引き上げた凶器のパイプイスを手に取った。

「んじゃ、これで返上っと」

畳んだパイプイスを横に薙いで富沢の手からベルトをはたき落とすと、そのまま上段に振りかぶって、マットに着地したベルトの上へと振り下ろした。

派手な音を立てて、富沢渾身の力作があっけなく砕け散る。

「あぁぁぁっ、私の TTTベルトがぁっ！」

「わかっててやってんだろーが。
ったく、いつまでもこんな茶番させられんなら、千春の団体にでも行くぞ、私は……」

ぶつくさ言いながらリングを降りる千秋の好意(？)によって、今回も富沢レイは TTT王座をわずか数分で取り戻したのだった。

「ウフフッ……社長、お願いがあるんですのよ……？」

「お、お願い……？　鏡くん、それは……？」

「さあ、お気を楽に……目をお閉じになって……」

・・・・・・・・

《さあ、EWA認定世界王座戦の始まりです！
王者・石川涼美に挑むのは、同門の先輩・フレイア鏡！
予定ではワールド女子の刺客・十六夜美響が挑戦のはずでしたが、スレイヤー社長の鶴の一声で、急遽カード変更になったとのこと！ *1b
フレイア鏡、このチャンスを活かしてシングル無冠の状態を脱出できるのか！？》 *2b

5月のスレイヤーレスリング巡業第五戦、メインイベントは石川涼美 VS フレイア鏡の EWA認定世界王座戦。

世界王座がかかっている大一番であることはもちろん、次の最終戦には、それぞれアジアヘビー王座挑戦と WWPAタッグ王座防衛戦が控えている。

次戦に向けて弾みをつけるためにも、両者ともに負けられない一戦だった。

「ウフフ、そろそろシングルのベルト、あの感触が恋しくなりましたの。
悪く思わないでね、石川さん？」

「いえいえ、こちらこそ〜。 鏡さんが相手でも、このベルトは渡せませんから〜！」

試合序盤は、双方ともに様子見。
打撃系か総合格闘技の試合のような間合いを取っての緊張感あるつつき合いから、先に動いたのは鏡の方だった。

「これを……我慢できるかしらっ？」

「！！」

突如の大技、鏡の十八番・クレッセントヒール。
かわせず食らってしまった石川はたまらずマットに膝をつき、すかさず懐に潜り込んだ鏡の関節技──コブラツイストで締め付けられる。

「くぅぅ……闘うお姉さんは、これくらいじゃまいりませんよ！」

気合を入れて自力でコブラツイストを外した石川は、そのまま反撃を開始した。
鏡にペースを取り返す暇を与えない攻撃の嵐で、失ったアドバンテージを取り戻す。

この展開なら、勝てる。
石川がそう手応えを感じたその時──

「コブラツイスト？　こんな技、さっき外しました〜……あれ？　……う、うわぁぁっ！？」

「ウフフッ、油断なさいましたわね。 同じ技でも、いろいろありますの。 さあ、我慢は身体に毒ですわよ？」

中盤戦のコブラツイストは、布石だったのか。
ロープを目指さず自力で外そうとして、より深く蜘蛛の糸に絡めとられた石川は、そのままギブアップを告げざるをえなかった。 *3b

17分03秒。
EWAのベルトはフレイア鏡の下へ移ることになったのである。

「ご安心なさって。
このベルトは、私がより一層、輝かせてみせますわ？」

この勝利で勢いを得た鏡は、WWPAタッグ王座初防衛戦 ： 南利美＆十六夜美響戦── EWA王座戦を急遽取り消されたワールド女子のために組まれた──も、パートナーのライラとともに勝利。 *4b

フレイア鏡は、WWPAタッグ王座と EWA認定世界王座の二冠王者の称号を手に入れ、一方で石川は、RIKKAに挑んだアジアヘビー王座戦で惜敗。 *5b

この月の二人の明暗は、大きく分かれたのであった。 *6b