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師走バカンス裏事情

リプレイ「風と天使と殺戮者」の妄想補完SSその3です。

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 電話の向こうで落ち着いた女性の声が名前を告げた時、スレイヤーレスリング社長秘書・井上は、かすかに柳眉をひそめた。そうさせたのは相手の名前と肩書きではなく、彼女の直感だったのかもしれない。

 その電話を受けてから二十五分。受話器を置いてからは十五分の後、井上の姿は社長とともに最新のトレーニング設備が整った団体所有のジムで三人の選手と向かい合っていた。
「あら、まぁ……」
「…………む……」
「それって、本当なんですか〜?」
 三者三様の反応ながら、一様に戸惑いの表情を見せる選手たち。その前に立った井上は、念を押すかのように先ほどの話を今度は裏付けとともに伝えた。
「本当よ。たった今、新女のパンサー理沙子─佐久間さんから連絡がありました。今年のEXタッグリーグ戦は、参加チーム少数のため急遽中止が決まったそうです」

「……中止とはまた、おだやかではありませんわね」
 そう返したのは三人の選手の一人、ひときわ見栄えのする長い銀髪と、それに見合う気品と美貌を備えた女性だ。ネオンパープルの口紅がひかれた唇には、嘲りとも取れるような微笑が浮かんでいる。
「年末恒例、伝統ある最強タッグ決定戦をこのタイミングで中止などと……新日本女子も焼きが回ったというところかしら。これをきっかけに業界全体が衰退に向かわないことをお祈りいたしますわ」
「怖いことは言わんでくれ、鏡くん」
 鏡明日香─フレイア鏡の言葉に、井上の一歩後ろに控えた社長が苦笑する。
「新女さんも苦渋の決断だったようだ。多くの他団体が世代交代や実力不足、あるいは興行上の理由で不参加を表明したのに加えて、新女さんも今は海外団体との提携交渉が思うようにいっていないらしくてね。無理にチーム数だけ揃えても試合のレベルが下がり、EXタッグリーグの格にも影響する……新女さんは何よりそれを避けたかったのだろう」
「え〜っ! それって、なんかひどくないですか〜?」
 三人の中では一番背の低い選手─といっても165cmほどはある石川涼美が口を尖らせた。おっとりとした口調だが、その分、静かな迫力がある。
「向こうのチームはともかく、うちから上原さんと龍子が出るのにレベルが下がるなんて……納得いきません。あの二人なら理沙子さんのチームにだってひけは取りませんよ。ね、RIKKAちゃんだってそう思うでしょ?」
「…………うむ……」
 同意を求められた最後の一人・RIKKAは、忍者のように口元を隠したマスク姿のまま頷いた。極めて言葉少ななのはマスクやキャラ作りのせいではなく、彼女本来の育ちと性格によるところが大きい。
「私だって、そう思っていますよ」
 RIKKAの言葉を補うかのように続けたのは井上だった。
「負けるのが怖いから中止するのでは……と過激な言葉までぶつけてみたのだけど、残念ながら向こうの決定は覆りませんでした。明日の抽選会ももちろん中止ですから、東京入りした上原選手と龍子選手もとんぼ返りですね」
 団体旗揚げから数ヶ月。スレイヤー・レスリングの運営状況はまさに順調の一言であり、同時期に立ち上がった他の新団体だけでなく、大手のワールド女子をも上回る集客・収益を上げていた。
 これは社長や井上の経営手腕ももちろんだが、それ以上に選手たちが質の高い試合を提供できていたことが大きい。特に国内トップクラスのブレード上原と若手最強と称されるサンダー龍子の二人は人気・実力ともに高評価を得ており、提携団体のGWAも彼女らとの試合を条件に近々トップレスラーの派遣に踏み切るだろうと言われている。
 そんな両名にタッグを組ませてEXタッグリーグに挑ませれば上位入賞の可能性は高く、もし設立初年度で優勝しようものなら話題性もビジネスメリットも大きい。それが理解できたからこそ社長も選手たちも井上のEXタッグ参戦提案に賛同したのだが、彼らの思惑も期待も始まる前に潰えてしまったのだった。

「あの〜。仕方ないっていうのはわかったんですけど……」
 石川が、発言権を求めるように右手を上げて言った。チラチラ左右を見るが、誰も口を挟まないので、そのまま話を続ける。
「それで、私たちは、これからどうすればいいんでしょう? 予定していた応援ツアーも無しですよね。今月は興行するんですか?」
「…………難……」
「ええ、難しいでしょうね」
 再び、RIKKAの言葉を井上が引き継いだ。
「留学中の森嶋選手を除く全員で、応援と勉強を兼ねてEXタッグリーグに同行する予定でしたから。会場も押さえていませんし、GWAの選手も来ていません。今月の興行はもう無理ですね」
 確認するかのように後ろを見ると、社長は苦々しい表情で頷いた。
 応援のためというのは口実もいいところで、上原と龍子不在での巡業では客が集まらず赤字になりかねない、との判断で興行を中止させたのは他ならぬ社長だった。結果、裏目に出てしまった感はあるが、さすがにこのような事態まで想定しろというのは無茶だ。
 但し、彼らもただでは起き上がっていない。新女からの謝罪に付け入る形で今後の「何らかの便宜あるいは協力」を約束させたことが、後々プラスに働くかもしれないという目論見はあった。今回はそれを以って良しとすべし、社長はそう気持ちを切り替えていた。
「やむをえんな。選手諸君は、今月は自己鍛錬の月だと思ってくれ。年末もあるし普段よりも多めにオフを入れようとは思うが……」

「社長」
 社長の言葉が途中で切れたのは、フレイアの言葉に遮られたからではない。この場で一人だけいたずらっぽい笑みを浮かべた彼女が、つつつっとすり寄り社長の腕に身を絡めたからだった。
「か、鏡くん?」
「社長、どうせでしたら、私たちを南の島にでも連れて行ってくれませんか?」
「南の、島。だと?」
「ええ。バカンスということで。きっと楽しいですわよ?」
「し、しかしだな。今の会社にそこまでの余裕はさすがに……」
「あら。私、知っておりますのよ。先月リリースした私のCD、かなりのヒットで、会社には相当のお金が入ったとか。ちょうどバカンス分くらいの利益ではありませんでした?」
 その後に彼女が呟いた金額を耳にして、井上は目を見開いた。まさに、フレイアのCDで会社が得た利益分ほぼその通りの額だったからだ。
「契約上、私には直接お金は入りませんもの。ぜひ還元していただきたいものですわ。ねえ、社長」
「いや……かといって、今月は興行の売上も無いわけだからな……」
「どうせ興行が無いからこそ、皆で旅行する良い機会とお考えいただきたいですわ。ウフフッ、さあご判断を。社長……?」
 何を馬鹿な、と井上は内心鼻で笑っていた。福利厚生・士気高揚のための飴として慰安旅行も考慮の内だったが、それは早くても来年以降の話だ。経営を軌道に乗せるための重要な時期である今、無駄遣いに近い旅行など、あの社長が了承するはずがない。
 ところが。
「……わかった。行こう……」
「!? 社長!?」
「ウフフッ……。約束しましたわよ。社長もたっぷりと楽しませてさしあげますから、ご期待くださいな」
 そう言って、ようやく社長から身を離すと、フレイアは微かに濡れた自分の唇を、ちろりと舌で舐めた。


「ふわわ〜。鏡さん、大胆でしたね。どきどきしちゃいました〜」
 早速水着を買いにいくからと選手三人で外へ出たところで、石川がフレイアに話しかけた。
「あら、大胆になるのはこれからですのよ。旅行先では、たっぷりと社長を楽しませてあげないといけませんもの」
「うわー、もっとドキドキですね。社長を誘惑しちゃうんですか?」
「ウフフッ。それも楽しそうですわね。誘惑は、されるよりもする方が何倍も面白いですしね」
「じゃあ、凄い水着を買わなきゃですね……。私もチャレンジしちゃいましょうか〜。RIKKAちゃんはどんなのを買いたいですか?」
「…………水蜘蛛……」
 聞こえてきた言葉の意味がわからずに、フレイアと石川は顔を見合わせた。それをむしろ怪訝そうに見つめて、RIKKAは彼女にしては饒舌に説明を続けた。
「…………水着はある。せっかくの海……水蜘蛛の修練に、絶好だ……」
 その説明を聞いても、フレイアと石川には、気の無い相槌を打つ以上のことができなかった。


「井上くん。おいちょっと、井上くん」
 呼び止める声も無視して足早にエレベータに乗り込む有能な秘書を追って走り、社長は閉じる寸前のドアに身体を滑り込ませた。この程度で息を乱すほどヤワではないが、少々ネクタイがずれた気がする。
「……どういうおつもりです?」
 薔薇の棘を思わせるような口調に、社長はネクタイをいじる手を止めた。視線は合わさずに、エレベータの階数表示を見上げる。
「経営は順調とはいえ、資金繰りはまだまだ油断できないはずです。社長が、ああも選手に甘いとは意外でした」
「私も、自分で意外だったよ」
 と、社長は肩をすくめた。視線はまだ階数表示に合わせたままだ。
「承諾するつもりなどなかったんだが、鏡くんに見つめられているうちになぜか、な。いや、彼女は催眠術か魔術の類でも使えるのかもしれんぞ」
「……ご冗談を。若い女の子に抱きつかれて舞い上がるのは構いませんが、公私混同は困ります。今後はお気をつけください」
「わかった。しかと心がけよう」
 社長が少々わざとらしく首肯した時、エレベータが到着の音を立てた。扉が開く。

「しかし、今後はともかく今回はどうするね?」
 社長室への短い通路を並んで歩く。井上の態度もいつの間にか普段通りに戻っていた。
「まあ、仕方ないでしょう。追加の支出は痛いですが、EXタッグ参戦を決めた時点で単月の赤字は計算の内でしたし。鏡選手の言うとおりCDの利益もありましたから、大きな問題にはなりませんね」
「そうか。ところで、井上くん」
「なんでしょう?」
「ひょっとして……。いや、何でもない。明日以降のスケジュール調整、よろしく頼む」
「……? 承知いたしました」
 小首をかしげながらも一礼し、それから自分の部屋へと向かう秘書の後姿を見つつ、社長は軽く首を振った。
 やはりどこかおかしい。本当に鏡くんに術でもかけられたかもしれん、と社長は心の中で苦笑した。他ならぬ井上にあのような質問をしそうになるなど、普段の彼であればありえないことだった。
 ─妬いているのか、などとは。


えー、妄想その4です。はい。

さすがに、そろそろ懲りてきていなくもないような気もするようなしないようなですけど、その5までは書くつもりです。

もし、このページどころかこの欄まで読んでいただける奇特な人がいたら、少なくともあと1つは、お付き合いください。

…ついでにトップページ片隅のWeb拍手でも押しておいてもらえると、最低一人は読んでいることがわかって嬉しいです。(^^;

さて、「初めて1年目でEXタッグに挑んだのに開催されずに肩透かし」と一文ですむ話を妄想でふくらませてみました。1年目3Qの補完です。

スレイヤー・レスリングという団体は、商売第一主義社長と参謀役の井上(ダーク霧子)さんが腹黒く切り盛りしてるという脳内設定なのですが、なかなか表現できてません。書いてる人間がお金にも権謀術数にも縁が無いので、これが限界なのでしょう(悲)。

あ、文中でフレイアのCD利益=バカンス代金、というのは左辺が少なすぎな気もしますが、ゲーム中でちょうど同じ150APだったという、それだけのことです。



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