来島と千里、そして堀が駆けつけた時、場内は不気味なほどに静まり返っていた。
メインイベントは、マイティ祐希子 VS ビューティ市ヶ谷。
翌月シリーズに予告された二人による NA世界無差別級タイトルマッチの前哨戦として、ノンタイトル戦ながら TWWA王座戦すら押しのけメインに位置づけられた試合である。
どうやら今回の軍配は祐希子に上がったようだが、リング上の選手二人も、観客たちも、全ての視線は、球場に設置された花道に立つ、チャンピオンベルトを肩に掛けた一人の女性に釘付けになっていた。
──全身に龍が如きオーラを纏った、その女性に。
「いつぞやのEXタッグリーグ以来か。ご無沙汰だね、祐希子」 *5
「……サンダー、龍子……!」
マイクを通した龍子の声に、会場の沈黙が、微かなざわめきへと変わる。
祐希子の呟きは、そのざわめきの中に埋もれた。
それなのに、龍子にはその呟きがしっかりと届いたようだ。
「覚えてもらってて、うれしいよ。 いや、鳴り物入りの実力制世界王座、NAシングルの王者サマに知ってもらえてて、光栄ってとこかな」
淡々とした龍子の一言一言が、屋外会場ならではの夜空を渡る。
祐希子は、口を真一文字に結んで、応えない。
それが気に障ったわけではないだろうが、龍子は唇の端を微かに笑みの形に歪めて、呟いた。
「──ふざけんじゃないよ」
一瞬──再び沈黙の幕に包まれた客席を、わずか数秒でざわめきがもう一度奪い返した。今度は、さきほどよりも大きい波だ。
「実力世界一だって? 団体を超えた世界王座だって? WRERAなんてちっぽけな団体の中で、ちまちま王座戦やってるだけのくせに、ふざけんじゃない! このサンダー龍子を差し置いた実力世界一なんて称号、何の意味も無いんだよ!」
スレイヤー・レスリング所属、サンダー龍子。
海外団体のトップ相手を含め、ここ半年はシングルで無敗を貫く、無敵の雷龍。 *6
だからこそ、その言葉にはこの上ない説得力が込められていた。
「さっさと私とやって、真の王者にそのベルトを渡すんだね……マイティ祐希子ぉっ!」
龍子に集中していた視線が、今度は彼女が突きつけた指先、その延長線上に集中する。
── NA世界無差別級王者、マイティ祐希子。
勝利者用にと彼女に渡されていたマイク。それを握った左手をゆっくりと持ち上げて──
「オーッホッホッホ! 何を勘違いしていらっしゃるのかしら、このサンダー馬鹿子さんが!?」
祐希子を後ろから蹴り倒しつつ、器用に奪い取ったマイク。
それを握った左手をゆっくりと口元に当てたビューティ市ヶ谷は、龍子と祐希子の一触即発の舞台へ、絢爛豪華に割り込んだ。
「実力最強? それは私。 世界最強? それも私。 いえ、この広い夜空を見渡しても並ぶもののいないこの私、ビューティ市ヶ谷が、ようやく私の価値の一千万分の一でも表現してくれそうなベルトを、この腰に巻いてあげる気になりましたのよ? 真の王者に渡せというなら、このまま大人しくお帰りなさい……そうすれば、来月には真の王者であるこの私が受け取っているのですから! オーッホッホッホ!」
「……あんたもEXタッグ以来だけど。 相変わらず良く回る口だね、ダーティ市ヶ谷」
龍子の口ぶりには敵意と興ざめの色が濃かったが、不思議と苛立ちは無かった。
この展開もあると、ある程度は予想していたのかもしれない。
「次のコンテンダーがあんただって聞いた時から、はいそうですか、で挑戦権を譲ってもらえるなんて思ってなかったよ。 それでも、挑戦権は力ずくでも私がもらう。 代わりといっちゃなんだけど……」
ざわめきが、どよめきに変わった。
龍子が肩からベルトを外して、照明の光にかざしたのだ。
「こいつを賭けて勝負してやるよ、市ヶ谷」
四方からの人工光を浴びて虹色に輝くのは、スレイヤー無差別級王座ベルト。
紛れも掛け値も無い、スレイヤー・レスリングの至宝、団体最高位王座である。
「それで負けたら、大人しく私に NAベルトを譲るんだね。 あんたにも、そのうち挑戦させてやるけどさ」
「オーッホッホッホ! 飛んで火に入るカモネギとはこのことですわ! 予定調和の NA王座だけでなく、先にスレイヤー王座までいただけるなんて、これはもう笑いが止まりませんわね!」
そうして、夜空に市ヶ谷の高笑いが響く中、今月の最終戦におけるサンダー龍子 VS ビューティ市ヶ谷のスレイヤー無差別級王座戦が、なし崩しに決定したのであった。 *7
「えっと……NA世界王者は、このマイティ祐希子サマなんだけどなぁ。……ま、いっか」
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