(──あたしが、甘かった。 ここまで差があったなんて……)
観客の声援は、すでに悲鳴に変わっている。
パワーボム、バックフリップ、サッカーボールキック……ダークスターカオスが容赦無く祐希子へと下す鉄槌に、中盤までの互角な展開を覚えている者はもう一人もいない。
(勝ちたいよ。 負けたくないよ。 でも、勝てない……今のあたしじゃ、こいつには……)
とどめとばかりに、ラリアット──カオス必殺のダークスターハンマーが、祐希子を文字通りに弾き飛ばす。
ゴムまりのようにマットを跳ねた身体が、まだ何とかカウントに反応して肩を上げられるのが、祐希子自身にも不思議だった。
(──悔しいなぁ……。 あたし、もっともっと、強くならなきゃ……)
ふらふらと立ち上がった祐希子の眼前に、黒い巨体が迫り──
祐希子の意識は、そこで、ぷっつりと、途切れた。
5月のWRERA巡業。最終日のメインは、マイティ祐希子の希望が叶ったWWCA王座戦。
王者カオスにも、祐希子のセンスとスピードは通用した。
15分を過ぎる頃には、ムーンサルトプレスや新技・JOサイクロンも決まり、観客を大いに沸かせる。
しかし、王者のパワーと頑健さは、祐希子の想像を遥かに凌駕していた。
全てが無効と思わせる体力と、全てを覆す一撃。 *1
絶望が祐希子と、そして観客の意識を覆い尽くしてから数分の後……試合は終わった。
──耳をつんざくばかりの大音響と、真っ白なカクテルライトの光。
意識を取り戻した祐希子が初めて知覚したのは、その二つだった。
(……そっか。あたし、負けたんだ……)
ロープに上半身をもたせかけ、放心した祐希子の視界に、大きな影が差す。
こちらに向かって手を差し出すカオスの姿だと気付いたのは、たっぷり二秒が経ってからだった。
(へえ……敗者へのいたわりなんて、意外と優しいじゃない……)
半ば無意識に差し出した腕を、ぐいと掴まれ、強引に立たされた。
さらにそのまま、腕が高く突き上げさせられる。祐希子の腕が。
(…………え?)
そこで初めて、祐希子は気が付いた。
自らを取り巻く、万雷の拍手。 そして、会場中に響き渡る、興奮しきったアナウンサーの声。
《信じられない、信じられません! マイティ祐希子、あの、あのダークスターカオスから、WWCA世界ヘビー級王座を奪ってみせましたあっ!
AAC世界ヘビーに続き、今回も初挑戦、大逆転での王者襲名! さしものマイティ祐希子も、自分の果たした偉業の大きさに、ただ呆然とするしかない様子です!》 *2
「……違う……」
祐希子の呟きに、傍らで腕を取って勝者を称えるカオスが、訝しげな視線を向けた時。
「オーッホッホッホ! AAC世界ヘビーの時と同じ? それなら、今度も私があっっさりと奪ってさしあげますわ!」
会場のメインスクリーンにアップで映し出されたのは、言わずと知れた、ビューティ市ヶ谷の挑発的な美貌だった──。
|