桜崎&真田組の緒戦敗退を除けば、タッグはほぼ順当な顔ぶれが四強に残ったと言える。
一回戦でビューティ市ヶ谷の敗退という波乱を見せたシングルも、果たして同様の展開となるのか。
注目のシングル二回戦・準々決勝は、タッグと同じくメダルを懸けた八強対決である。
「うーん、やばいかなぁ。
シングルもタッグも、トーナメントに入ってからイマイチ調子が上がってこないのよねぇ。
それでもここまでは何とかなったけど、今日はキツい相手だし。
……なーんて、考えちゃってるのがいけないのよね、きっと。
とりあえず全力! 勝って勝って、勝ちまくるのみよ!」
マイティ祐希子。
第一回大会の覇者にして今大会でも大本命の一人である、NA世界無差別級王者。
それがシングル一回戦では、村上千春を相手に、思わぬ苦戦。
タッグ二回戦では、ライラ&小鳥遊組を相手に、あわや敗退のピンチ。
あの“無敵の女神”・マイティ祐希子にもプレッシャーがあるのか、それともやはり世代交代か、あるいは本人の衰えか──そんな勝手な声も聞こえてくる中で、祐希子はこの日の相手・フレイア鏡に対し、一方的なまでの展開を見せた。 *b1
「ほらほら、どうしたの? もう終わり!?」
序盤からノーザンライトスープレックスを繰り出すなど攻めまくった上に、ついには双翼の一枚・JOサイクロンも決まった。
10分足らずでの圧勝──誰もがそう思い、当の祐希子までもがそれを意識した時、その腕が、意外なほどの力強さを残す手に、掴まれた。
「……ウフフッ。 こんなもので終わりだと……思わないでくださいね!?」
──“無敵の女神”を“銀狼”が……いや、“妖かしの女神”が、蹂躙した。
必殺の三日月式踵落とし・クレッセントヒールを立て続けに二発。 倒れた祐希子にギロチンドロップ、起き上がり際にシャイニングウィザード。
祐希子の身体は木の葉のように舞い、その額からは血が流れ出した。
その血を妖しく舐め取って、鏡が微笑む。
「あぁ……感じますわ。 あなたの心が、絶望に塗りつぶされていくのを……!」
強引に飛んだ祐希子のムーンサルトを容易く膝で迎撃し、のたうつ祐希子に鏡が放ったのは、この日三発目のクレッセントヒール。
祐希子の意識が、弾けて消えた。
「終わり、ですわね」
優雅とも言える動きで鏡がカバーに入っても、祐希子はぴくりとも動かない。
マイティ祐希子、敗北──
その時、レフェリーはカウントを止めた。
動かないはずの祐希子の手が、サードロープにかかっていることに気付いて。
「あら、運のよろしいことっ」
舌打ちにも似た呟きには、若干の焦りも含まれていた。
鏡とて、前半に受けた祐希子の猛攻で、余裕があるわけでは決して無いのだ。
その腕を、今度は祐希子の手が、掴んだ。
「……負けたく、ないっ!」
エクスプロイダーは、まさに乾坤一擲、起死回生の一撃。
レフェリーがカウント3を叩き終わっても、祐希子はぐったりとしたまま、しばらく身を起こすこともできなかったのである。 *b2
○ マイティ祐希子 −(16分23秒 エクスプロイダー)− フレイア鏡 ×
|
「…あなたは覚えているのかしらね、龍子…」
「……何をだい? 森嶋?」
「…四年前の、第一回大会。 私はあなたに完敗したの。
だから、今度こそ……海賊の誇りに懸けて、あなたを倒す…!」
龍子と森嶋。 タッグ二回戦でも激突した二人は、元は同じ団体・スレイヤー・レスリングで、トップの座を争った二人でもある。
無論、森嶋は幾度となく龍子に勝ったことがあるが、シングルのタイトルマッチでの顔合わせはわずかに二回、そのいずれも敗北に終わっている。
加えて、第一回大会でも行く手を阻まれた相手とあって、森嶋にとってこの試合は、真に『龍子越え』を果たすため、是が非でも勝たねばならない試合だった。 *b3
「…あなたの旗、今日ここで叩き折ってあげるわ…!」
タッグ戦と同様、惜しげもなく SSDやプラズマサンダーボムを序盤から繰り出していく派手な流れの中で、森嶋は冷静に龍子の動きを見ていた。
ラリアットを返し、エルボーなどで動きを止めつつ相手のダメージを蓄積させて、徐々に自分を優位に持っていく。
「…私は、昔の私じゃないのよ。 今は私の方が……強い…!」 *b4
「そうかもねっ。 それでも、勝つのは……私だ!」
優位さを意識した時、森嶋に生じた隙。
それを見逃さなかった龍子が、森嶋をリング中央でサソリ固めに捕らえる。
苦鳴をあげながらもロープにたどり着くと、森嶋はそのまま自ら場外へ逃れるが、龍子はすぐさま追って DDT。 さらにリングに引き上げてドラゴンスリーパーから再度のサソリ固めを繰り出すと、息も絶え絶えにロープ際で起き上がった森嶋に、ナックルを一閃した。
「…どうして……こんな…」
「──覚えてるかって聞いたよな、森嶋。 ……覚えてるさ」
試合終了を告げるゴングの中で、龍子は立ち上がりながら呟いた。
「あの時も、言ったっけな。
あんたに追いつかれてる暇なんて、ないんだよ。 今の私には、もう……ね」
× 森嶋亜里沙 −(19分24秒 ナックルパート)− サンダー龍子 ○
|
「借りは……返させてもらうぞ。 チサト」
「え……?」
「お前には、借りがあるからな」
「そう……ですか」
カオスは、前回大会の一回戦で桜井千里に敗れている(当時はダークスターカオス)。
加えて、一度はフレイア鏡とのタッグで挑みながら千里一人に敗れるという屈辱も味わっており、借りを返すという言葉もわからない話ではない。 *b5
「借りを返す……。 他人から聞くと、おかしなものですね」
コーナーに戻ってゴングを待つ間、千里はひとりごちた。
借りを返す。 その言葉を祐希子に宣言しているのは、他ならぬ彼女自身なのだ。 *b6
そして彼女は、カオスに対しても、一つの借りを返す気でいた。
「らしくないこと、かもしれない。 私の借りでもないのに……」
そう呟いた時、ゴングが鳴った。
千里は振り向きざま、一直線に駆け出していった。
──試合は、千里のハイキックからの速攻が決まるかと思われたが、カオスも意地を見せて、三発のパワーボムやジャイアントスイングで食い下がった。
それでも窮地にまで追い込まれることなく DDTでフォールを奪い、千里は一回戦で市ヶ谷を下したカオスという難敵を、見事に退けたのであった。
× スーパーカオス −(17分50秒 DDT)− 桜井千里 ○
|
最後の最後まで諦めなかったその動きを──止めた。
全身に張り巡らせていた力を抜く。
諦めたのでは、決してない。 ただ、もう終わってしまったのだった。
(終わった……んだ……)
目を閉じて、胸の内で呟くと、その胸をきつく締め付けるような感情が、どこからともなくあふれ出してきた。
唇を噛む。 あふれ出させないように。 耐えるように。 そして、噛み締めるように。
「……あの……」
聞こえてきた声に、武藤めぐみは身を固くする。
声が何と言ってくるのか、自分がそれに対してどう思うのか、それが怖かったのだ。
「……ごめんね、めぐみ。 ごめんね……」
不意に、めぐみは噴き出しそうになった。
まったく、こんな時まで、この子は。
だから、閉じていたまぶたを開いて、仰向けの自分をすぐ上から見つめる親友の顔を見た時、めぐみは自然と微笑みを浮かべることができたのだった。
「なに謝ってるのよ、千種。 そんな泣きそうな顔までしちゃって。
それが……勝った選手の態度? ずいぶんと、私に失礼じゃない……?」
「でも……でもね、私……」
嗚咽にも近い呟きが、座り込んでいる千種の口から漏れる。
その額に、そっと当てられたものがあった。
軽く丸めた、めぐみの指だった。
「そんな顔してると、またおでこに一発しちゃうわよ……?
千種が言ったんでしょ……私にだって勝つよって。
千種はそれを、その約束を、守ってくれただけじゃないの……」
「うん……うん。 でも、でも……」
「だから、そんな顔しないでって。 それじゃあ、私が困るじゃない。
泣きたいのは、こっちの方だっていうのにね……?」
と言いながら、めぐみの顔は微笑んだままだ。
そのことに──自分に微笑みを見せてくれているめぐみの想いに気付いて、千種はようやく自分も笑顔を作ろうとした。
うまくはいかず、泣き笑いにはなったけれど、めぐみにはそれで十分だった。
「ん、よろしい。 ──おめでと、千種。 私の負けよ。
さすがに今日がその日だなんて思ってなかったし、すっごく悔しいわ。
でも、それでも、うれしいの。 私、他の誰でもなく、千種に負けて良かったって思ってる」
「めぐみ……」
「ただしっ。 一回くらいで調子に乗らないでよね。
調子に乗りたいなら……そうね。 金メダル取って、それからにしてもらえる?」
「……うん、うん! がんばるよ、私! 金メダル……取るから。 二つ、取るから!」
弾けた笑顔から零れ落ちた、大粒の涙。
それを隠すかのように、千種は倒れたままのめぐみに抱きついた。
胸の中でとうとう泣き出したらしい親友の頭にそっと手を乗せて、めぐみは苦笑する。
「……まったく、ホントに、どっちが勝ったのよ。
大体、ここがどこだか忘れてるでしょ、もう……」
|
○ 結城千種 −(19分34秒 ローリングクレイドル)− 武藤めぐみ ×
|
リングの上での、ささやかな祝福の宴。
それを見つめながら、マイティ祐希子は笑顔で呟いた。
「おめでと、千種。 そして……おめでと、めぐみ」
彼女は、以前にめぐみと交わした言葉を、覚えていたのだった。
『千種が本当にあんたを負かすほど強くなったら……あんたはその時、どうするかな?』
『千種なら、笑って祝福してあげられますよ』
──と。 *b7
|