「あはは。 市ヶ谷の奴が本当に八百長してたら、今頃あたしの手元にあるのは NA王座ベルトじゃなく、カレー一生分になってますって。 それじゃ、失礼しまーす」
人の噂も七十五日と言うが、1月に WRERAを襲ったスキャンダルの余波は、三ヶ月経った今も根強く残っていた。 *1A
それでも、上述した祐希子の取材コメントに代表されるように、取材や各々のblogなどで選手たちが市ヶ谷や団体の潔白を主張し続けたこと。
そして一方、試合となれば皆がよってたかって市ヶ谷を「やーい、八百長女ぁ」などとはやし立てたこと──これにより、八百長話を単なるアングルと見なす空気が強まった──で、WRERAへの風当たりは随分と弱まり、人気も回復の気流に乗りつつあった。
「とは言ってもねぇ。 まだまだ営業面では社長や霧子さんが苦労してるみたいだし。
ここは一発、ドーンと派手なイベントとか欲しいかなぁ」
「それなら、ぴったりの話があるわよ、祐希子」
「へ? なによ、佐久間ちゃん。 あたしを呼び捨てなんて、いい度胸……」 *2A
後輩の新人・佐久間理沙子から入った合いの手──そう思って言葉を返した祐希子は、振り返ったところで驚きのあまりに言葉と動きを止めた。
目の前に居たのは、確かに『佐久間理沙子』。
ただし、札幌には居ないはずの方。
即ち、新日本女子の“女王”、祐希子との馴染みも深い、パンサー理沙子だったのである。
「り、理沙子さん!?
ど、どうしてウチのジムにいるんですか!?」
「似てるって評判のもう一人の私を見たくなって──というのも嘘じゃないけど、本題は別件よ。 今日は東京のTV局の人と一緒に、社長さんとお話をしにきたの」
と告げたところで、理沙子は彼女には珍しい茶目っ気たっぷりの笑顔を浮かべると、その表情にふさわしいおどけた声でこう告げた。
「ここは一発、ドーンと派手なイベントのお話を、ね?」
── EXタッグリーグのシングル版とも言える、国内最強決定トーナメント大会──
それが、大手スポンサーの協賛約束まで取り付けた某・在京キー局と主要プロレス雑誌数社が、新日本女子に持ち込んできた話だった。
新女の社長や理沙子は、その主催に大いに乗り気。
しかし、理沙子は同時に今の新女が過渡期にある──ソニックキャットに続く世界クラスの選手が育っていない──ことも冷静に見つめていた。
そして、自団体の選手参加に拘泥することなく、今や国内で雌雄を競う二団体、即ち WRERAとスレイヤーの参加と協力が必須である、と判断したのであった。
「もちろん、主催者として新女もおいしい思いはさせてもらうわよ。
ただ、名前ばかりの最強決定トーナメントでは意味が無いわ。
特に、NA世界王者であるあなた──マイティ祐希子を外すわけにはいかないでしょう?」
「えへへ。 うれしいこと言ってくれますね。
確かに派手なイベントですよ。 ただ、どうせなら……」
「どうせなら?」
「この際、国内なんて言わずに世界規模でやりません? それも、シングルのチャンピオン全員集めちゃって。 その方がもっとドーンと派手ですよ!」 *3A
「!! ──チャンピオン・カーニバルってこと!?」
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