ビューティ市ヶ谷敗退という波乱を見せた、シングル一回戦。
そこから日を置かずに行なわれるタッグ二回戦・準々決勝は、四試合。
三位決定戦が無いこの大会ではこれに勝てばメダルが確定するということもあって、当の選手たちはもちろん、見守るファンたちにとっても熱い一日となる。
「ねぇ……めぐみ。 その……意識とか、しちゃってる?」
という、結城千種が控室で出してきた、いかにもおっかなびっくりな質問に対して、
「なにをよ?」
という、武藤めぐみの返答は、あまりに対照的に、あっけらかんとしていた。
それが何であれ、特別な「意識」はしていないような様子だ。
「んーとね、えーと。 ……あの、ほら、メダルのこと。
今日のタッグの試合、勝てばメダル確定なんだよね。
だから、ちょっと意識とかしちゃうなーって」
「──嘘ばっかり」
失礼といえば失礼なめぐみの断言は、それでも、千種を怒らせるものではなかった。
実は図星な指摘だったし、何より、めぐみの声には笑いが含まれていたからだ。
「千種が意識してるのは、メダルだとかそんなことじゃないでしょ。
今日の試合のことはもちろんだけど、その次のシングル二回戦のこと。
今日勝てば──油断だけはしちゃいけないけどね──次の準決勝の前に、私とシングルで戦うことになる。 どうせ千種は、そっちを意識しちゃってるんでしょ。 違う?」
「……ううん、正解。
驚いたぁ。 全部、お見通しなんだね……」
「まあね。 千種は、そーゆーとこ、わかりやすいから」
肩をすくめながらのめぐみの微笑みに、千種も笑顔を返した。
知らず知らずのうちに入っていたらしい肩の力が、すうっと抜けていくのがわかった。
「でもやっぱり、めぐみは凄いよ。 全然、意識とかしてない感じでしょ。
私なんか、意識しまくっちゃってるもん。
今日のタッグ、もし負けちゃったらシングルもやりにくいなーとか、
勝ってもシングルではどんな気持ちで戦えばいいんだろうとか、
私がシングルで負けちゃったら、タッグで気持ち切り替えられるかなーとか……」
「シングルで千種が勝っちゃったら、私にどんな顔すればいいんだろう、とか?」
「!! そ、そんなぁ、それだけはないからっ!
私が、めぐみに勝つなんて……それは、そんなのは、無理だからっ」 *e1
「本気で……そう思ってるの?」
うってかわって真剣極まりない、めぐみの声。
千種は思わず呼吸を呑み込んだ。
「千種、答えて。
本気で、私には勝てない、勝つのは無理だって、戦う前からそう思ってるの?」
めぐみの瞳、親友の瞳が、千種を見つめた。
その真摯な輝きに、千種はもう一度、息を呑む。
「……めぐみにまた嘘つきたくないから、正直に言うね。
私……めぐみに勝つのは無理かなって、そう思ってる」
「そう……そうなんだ。 ……それなら……」
「だけど──それでも勝つよ。 めぐみにだって」
失望の表情でうつむいたばかりのめぐみが、その言葉を聞いて、千種に視線を戻した。
今度はめぐみが、見つめた瞳の輝きに、息を呑み込む番だった。
「冷静に考えちゃえば、勝てないかなって思う。
めぐみは、この大会で優勝しか考えてないわけだし、そう言うだけの実力があるし、それに比べて、私はやっぱりまだまだだし。
だけど、それでも、私は勝ちたい。 誰にだって、めぐみにだって負けたくない。
だから──」
「──勝つのね。 私が相手でも」
「うん。 勝ってみせるよ!」
笑顔。
めぐみが好きな、そして千種が好きな、それぞれの相手の笑顔が、そこにあった。
「だからさ、めぐみ。 その……ごめんね。
めぐみは優勝したいだろうけど、私が勝ったらメダルも獲れなくなっちゃう。
そこは、さすがに親友として申し訳ないかなーって……あいたっ!!」
いきなり、千種が額を押さえた。
そのすぐ先で、デコピンを放ったばかりのめぐみが、呆れた溜め息をつく。
「調子に乗りすぎだってゆーの。 あいにくだけど、勝つのは私よ。
だから、さっき自分で言ってたみたいにタッグではちゃんと気持ち切り替えてよね。
わかった?」
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