「ひゃーっはっはっは! なんだぁ?
あんた、こんなに弱かったのかよ、真田先輩!
それとも、私がそんだけ強くなったってことかぁ?
どっちにしろ、こいつはとんだ拍子抜けだぜぇ!」
8月のスレイヤー興行。 *a1
第五戦のセミファイナルに置かれた真田美幸 VS ライラ神威のアジアヘビー王座タイトルマッチは、誰も予想しえなかった展開となった。
わずか 6分07秒、挑戦者のライラがベルトを奪取。
しかも、王者・真田に一発の有効打も許さない完全勝利。 *a2
一年前には名勝負を繰り広げたカードの意外な結末に、会場はブーイングや拍手も忘れて、しばらくの間、ざわめきだけに埋め尽くされたのである。
そして、三日後──
「真田お嬢様……。
いつまでもふさぎ込んでいると、お身体に毒ですわよ?」
「…………」
真田が敬愛する先輩にしてタッグパートナーでもある、メイデン桜崎。
彼女がかけた気遣いの声にも、真田は反応を見せなかった。
ジムにこそ来るが、練習にも身が入らずに座り込んでいる。
この二日間、真田はずっとこんな調子だったのだ。
「お気持ちもわかりますが、勝負は時の運。
実力差以上の一方的な展開になることだってありますわ。
お嬢様お得意の気合と根性で気持ちを切り替えて、明日の試合でリベンジなさればよろしいではありませんか」
明日の第六戦では、桜崎と真田の王者組が EWAタッグ王者のライラとケルベロスを挑戦者に迎える、GWAタッグ王座戦がある。
真田にとっては願ってもないリベンジの機会となるはずだった。
もちろん、桜崎にとっても大切なベルトであり、真田がやる気を出せずに足を引っ張られては困る、という打算的な想いもある。
「……世代交代っスかね……」
「はい? なんですか、真田お嬢様?」
「桜崎先輩も、この前 JSWヘビーに挑戦して、永沢に負けてるっスよね……」
「え、ええ。 そうですね」 *a3
なにいきなり人の傷をえぐってるのよこの子は、と内心カチンときながらも、桜崎は柔和な笑顔のままで頷いた。
その顔を見もしないまま、真田は独り言のように話を続ける。
「WRERAでも、革命だとかで大盛り上がり。
越後さんと堀さんのアジアタッグも、後輩に獲られちゃってたっス。
うちの団体のタイトルホルダーも、どんどん若返ってるし……。
自分たちはもう旧世代で、これからはもう後輩たちの時代なのかもしれないっスね……」
「真田お嬢様……」
桜崎は、一つ、小さな息を吐いた。
「そうかもしれませんね。 もう、私たちの時代は終わった。 そうなのかもしれません……」
「…………」
「──なんて、言うと思ってんのっ!?」
真田は、想像もしていなかった。
まさか胸倉を掴まれ、爪先立ちになるまで強引に持ち上げられるとは。
「さ、さささ!? 桜崎先輩っ!?」
「ざけてんじゃないわよ、真田っ! あんたらしくもなく、一度負けたくらいでウジウジと!
ブッコロされたいわけ!?」
「せ、先輩っ!? キャラが! かぶったネコが、脱げてますっ!」
「うっさい、黙れっ!
何が後輩たちの時代よ! WRERAの革命よ!
一度や二度の試合結果で、わかったようなこと言ってんじゃない!
あっちの旧世代は今でも最強で、だから追い抜くほうも必死で戦ってんでしょーがっ!
後輩の時代だってんならなおさら、私たち先輩が強くなくっちゃいけないんだっての!」
投げ捨てるように真田を解放して、桜崎は身を翻した。
「気合と根性は、無敵なんでしょ! だったらそれを証明してみなさい!」
「桜崎……先輩……」
大股で去っていく桜崎を、真田は床にへたり込んだまま見送っていた。
翌日。
8月最終第六戦、GWAタッグ王座選手権試合。
挑戦者の待つリングへと向かって、桜崎はただ一人で長い通路を歩いていた。
「真田は来ない……か。 まったく、あのバカはっ。
いいわよもう、こうなったら、一人でもやってやる。 絶対にベルトを守ってやるから!」
「いいえ! ベルトは二人で守るっスよ! 桜崎先輩ぃっ!」
「さ、真田っ……お嬢様!?」
背後から猛スピードで走ってきた声に、桜崎は慌てて振り向いた。
「お嬢様、今までいったいどこに──きゃあっ!?」
「心配かけてすみませんっス!
気合と根性入れなおしで、山奥で滝に打たれてました!」
「た、滝っ!? 山奥ぅ!?」
「場所は斉藤に教えてもらったんすよ! *a4
おかげでスッキリしました!
気合も十分、今日は最初から全開で行くっスよ!」
「ぜ、全開で行くのはいいんだけど……!」
桜崎は、真田の大声に負けないように叫んだ。
リングへと走る真田に抱え上げられた、その腕の中で。
「どうして、私をお姫様だっこしてんのよぉっ!?」
── 19分32秒、ライラを打ち倒したのは、真田の斬馬迅。
GWAタッグ王者・桜崎&真田組は、勢いに乗る後輩の挑戦を一蹴して、十二度目の防衛を成し遂げたのだった。
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