「さってと。 それじゃ、そろそろ行くとしますかね」
本拠地・札幌のどさんこドームを超満員にした、WRERA 1月シリーズ最終戦。
栄えあるメインイベントには、この 11月に戴冠を果たしたばかりの武藤めぐみが団体の重鎮・六角葉月を迎え撃つ NJWP王座選手権が組まれ、“世代闘争戦”と銘打たれた。
「世代闘争ねぇ。 こういう時はあれかな、めぐみ? まだまだ若い者には負けんとか、年寄りの顔は立てるもんじゃとか、その手のこと言っとけばいいのかな?」
「……随分と余裕ですね、葉月さん。 あいにくと私は、葉月さん相手に余裕なんか持てませんから。 何と言われようと全力で戦うだけです!」 *1a
二人の年齢差はちょうど一回り。
プロレスラーとして積み重ねてきた経験の重みには、それ以上の開きがある。
その重みを跳ね除ける力も若さの特権だが、葉月がここまで歩んできた激闘の道のりは、その特権を以ってしても容易に覆せる代物ではなかった。
「──ほらほら、どした? 結局あんたは、まだまだヒヨッコなのかい!?」
試合開始しばらくは、様子見からスローな立ち上がり──いつもの葉月の戦いぶりを知っているからこそ、ゴング直後にダッシュをかけてきた葉月の急襲に、めぐみは防戦一方に追い込まれた。 *2a
「コーディ戦もそうだったっけ? ペース握られると、あんたは簡単に押し込まれちまう。 そんなんで、これから世界のバケモンたちと戦っていけると思ってんなら──甘すぎさ!」
その言葉を刻み込もうとするかのように、リバース・フルネルソンから一気にダブルアームスープレックスで投げ捨てて、すかさずグラウンドでチキンウィングアームロックを仕掛ける葉月。
めぐみも何とか逃れてアームホイップを仕掛けるが、投げた直後に掴まれて、再びのアームロックから、今度は足関節の片逆エビ。
そのまま、関節のアリ地獄に引きずり込まれれば、もはやめぐみに勝機は無いと思われた。
「このままギブアップするかい? 私ゃそれでもかまわないけどね?」
「冗談……でしょ!? 私は、まだ戦える!」
何とかロープを掴んでブレイクを取っためぐみは、転がるように葉月との距離を作ってから立ち上がった。
「世界のバケモノだろうと、先輩だろうと……」
関節技を嫌い、間合いを取って仕切りなおすための行動──そう思った葉月に生じた、一瞬の隙。 まさか、めぐみの方から飛び込んでこようとは!
「誰にも私の邪魔はさせないわ!」
短い、しかし鋭い助走からのフライングニールキックが、防ぐ間も無く葉月の顔面に叩きつけられ、その額を割った。
よろめく身体に紅いものが飛び散り──しかし、葉月はニヤリと笑った。
「それで勝ったなんて、思わないでおくれよ!?」
今度は、大技を決めためぐみの方に、一瞬の隙が生じた。
起き上がりざまにバックを取られ、喉に手を回されてロックされる。
極めて単純な、そしてだからこそ相手を迷宮の奥深くへと誘いこむ、葉月必殺の極め技にして決め技・ラビリンススリーパーが、めぐみの細い首を容赦なく締め上げ──
「……私は、勝つ! 絶対にっ!!」
必殺のはずのラビリンススリーパーをわずか一呼吸で弾き飛ばして、めぐみは、今度こそ驚愕に声を失った葉月へと襲い掛かった。
ニーリフト、フェイスクラッシャー、そして二発目となるフライングニールキック。
タイトルを奪ったジュディ・コーディ戦を彷彿とさせる連続技に、それでも葉月は膝を屈することなく耐え切ったが、
「どんな相手だって、最後は私が勝ってみせる!」
最も鋭く、最も高く飛んだ、三発目のフライングニールキック。
それが、この日に六角葉月が受けた、最後の技となった。
|