「いよぉぉっし! 勝ったわよっ!
富沢あーんど佐久間、世界タッグ王座に返り咲く!
明日の一面は、これで決まりね!」
ワールド女子の 10月興行。
WRERAから殴りこんだ富沢レイ&佐久間理沙子の二人は、与えられたチャンスを見事に活かし、ドリュー・クライ&ナターシャ・ハンの持つ EWA世界タッグ王座奪取に成功した。
「うんうん、思ってたよりは簡単に勝てちゃったかな。 *a1
なんか、佐久間とのタッグも板についてきたわよね。
いっそのこと、この勢いで一気に世界の頂点目指しちゃう?」
「ふふ、それはさすがにまだまだ早いですよ、富沢さん。
世界の頂点、タッグ最強の座……そちらは、あのお二人に任せておきましょう。
確か、あちらの試合は来週でしたよね」
「そうね。 だけど、武藤も結城も今月は調子悪いみたいなのよねー。
特に武藤は、先月に千里さんに挑戦して負けちゃったのが、尾を引いてるみたい。
明日はスレイヤー無差別級の防衛戦もあるし、連敗なんてことにならなきゃいいけどさ……」
富沢の「調子悪い」という言葉の通り、WRERA 10月シリーズ第四戦までにおける武藤めぐみと結城千種の戦績は、ともに 1勝3敗。 *a2
特に、社長が「NAタッグ戦の前哨戦みたいな気分で」と軽いノリで組んでしまった、“大怪獣犬猿コンビ”祐希子&市ヶ谷相手のタッグ戦でも、いい所なく完敗。
8月のアジアタッグ奪取が評価されてのカード、最終戦の NA世界タッグ王座戦に向けて、二人には不安ばかりが残る流れとなっていた。
「めぐみ……どうしたの? 今日は、練習にあんまり身が入ってなかったよ。
明日はシングルの防衛戦なのに……身体の調子とか、大丈夫?」
「平気よ、千種。 身体の方は全然、ね。 ただ……」
「ただ……なに?」
「私の考え──甘かったかもしれない」
「……めぐみ?」
「私、追いつけたって思ってた。 市ヶ谷さんにも、千里さんにも、祐希子さんにも。
追い抜くことだって、千種と一緒ならすぐにできる、そう思ってた。
だからあの時、二人で祐希子さんたちに挑んだの。
でも、実際には、祐希子さんどころか、千里さんにも届いてなかった……」
「…………」
「ごめんね、千種。 まだ、早すぎたかもしれない。
もうちょっとだけ、待たなくちゃいけなかったのよ。
今度の NAタッグもそう。 きっとまだ、今の私たちじゃ……」
「──私は、勝つつもりだよ」
千種の声は、いつも通りの彼女の声だった。
明るく無邪気にも聞こえる、しかしきっぱりと言い切られた言葉。
思わずめぐみは、彼女の名前を呟いていた。
「千種……」
「前にも言ったよね。 だって、めぐみと一緒だもん。
あの時は結局負けちゃったけど、今回こそ勝てるって、私は本気で思ってるよ。
それに、忘れちゃった? この前、めぐみが私に言ってくれたこと」
「私が、言ったこと?」 *a3
「アジアタッグ戦の前にね。
私たち二人のタッグは、シングルの時より五倍強い──って。
めぐみはそれを、私に信じさせてくれないの?」
「千種……」
もう一度、親友の笑顔に向けて呟いてから、めぐみはまぶたを閉じた。
しばらく経ってそれを開いた時、千種の瞳には、彼女がよく知るめぐみが映った。
──自分自身と千種のことを信じる、強気な微笑みが。
迎えた 10月最終第六戦。
第五戦、スレイヤーから参戦したメロディ小鳩の挑戦を圧勝の形で退けてスレイヤー無差別級王座・五度目の防衛を果たしためぐみは、そのままの勢いで、パートナーの千種とともに大一番に臨んだ。
NA世界タッグ王座タイトルマッチ。
挑戦者たるめぐみと千種が挑むのは、もはやアンタッチャブルとまで言われている、王者・ビューティ市ヶ谷&桜井千里の二人だった。
「オーッホッホッホ!
“新世代”などと呼ばれて調子に乗るのも、ここまでですわ!
お二人とも、この前より少しは成長なさっているようですが、所詮は凡人の虚しい努力。 あの忌々しい祐希子はともかく、この私の持つ至高のベルトを狙おうなど、百億年早いと知りなさい!」
相変わらずの市ヶ谷節を待ってゴングが鳴らされた試合は、千種へのビューティボムで大きく動き始めた。
前回の NAタッグ戦では不覚を取りそうになった千種を相手に、市ヶ谷は彼女には珍しく慎重な攻めを見せ、次の標的・めぐみを引きずり出した。
「あら、世界を変えるなどと大口を叩いておきながら千里さんに負けた、武藤さんじゃありませんこと。 ちょうどよろしいですわ。 この試合で負けたら『無謀極まりない叛乱劇はもうやめます。 お美しい市ヶ谷様ごめんなさい』と、土下座して謝らせてあきらめさせてさしあげますわ!」
「……そんな条件つけられたら、なおさら負けられないわ!」
市ヶ谷の余計な言葉のせいでもないだろうが、第四戦までの不調から脱しためぐみは、市ヶ谷、そして続く千里に対して、大車輪の活躍を見せた。
「シングルでは勝てなくても、タッグなら! 私の後には、千種がいてくれる!」
先月の IWWF王座戦で敗れた千里をもフライングニールキックで流血させた上に、千種との合体技で圧倒。 千里は得意のハイキックを繰り出すも、一旦は市ヶ谷に出番を譲るしかなかった。
「よろしくてよ! 今日の主役はこの私と、既に各国首脳会談で決定しているのですから!」
調子に乗った市ヶ谷は、パワーボムや DDT、さらには千里とのWパイルドライバーとパワー系の技でめぐみを押し込んで、余裕の表情で千種を迎えた。 しかし。
「土下座とか、あきらめるとか、私もまっぴらごめんです!」
千種いきなりの大技・バックドロップが、市ヶ谷の余裕と優位を奪い去った。
さらに小技を続けて、市ヶ谷の体力を削ぎ落としていく。
それでも、ここであっさり崩れるような二人であれば、アンタッチャブルなどと称されはしない。 何とか体力を回復させた千里がタッチし、戦局を盛り返しにかかる。
「前にも言った──私は、油断はしない!」
千種やめぐみのお株を奪う、投げ技や飛び技の集中豪雨。
千種を一方的に封じ込め、替わっためぐみにも優位に試合を進めた。
めぐみのフェイスクラッシャーによる反撃で千里の額の傷が再び開かなければ、あるいはここで試合が決まっていたかもしれない。
「さがりなさいな、千里さん! あとはこの私が、カタをつけてさしあげますわ!」
タッチした市ヶ谷のシャイニングウィザードは、カウント2.8。
追い込まれた挑戦者の二人は、しかしまだどちらも、瞳の輝きを失っていなかった。
「二度と後悔はしたくないの!」
「野球もプロレスも、どんなに追い込まれたって逆転可能なんです!」
めぐみのフライングニールキックで千種にタッチ。 替わり際のダブルパワーボムと、続くサソリ固めで、市ヶ谷の体力を搾り取った。
「市ヶ谷さん! ここは、私が行きますっ」
飛び込んだ千里の掌底、そして不知火。
そこでのフォールはめぐみがカットするが、さらにエクスプロイダー、不知火と続けても寸前で肩を上げ続ける千種の粘りに、千里も一瞬攻め手を失った。
「めぐみ!」
「ここで決めるわ!」
千種は、千里の隙をついてのスリーパーからタッチにこぎつけ、めぐみはフェイスクラッシャーから引き起こしてのノーザンライトスープレックスで、レフェリーにカウントを叩かせた。
「なにをしてますの、千里さん!?」
飛び出した市ヶ谷は、同じく飛び出した千種に行く手を阻まれて焦りの表情を浮かべるが、千里にはまだ余力が残っていた。 入ったカウントは2.5まで。
安堵の息をついた市ヶ谷が、レフェリーに押されて戻ろうとする──それこそが、死線だった。
武藤めぐみが捕らえ、結城千種が飛んだ。
44分03秒。
決着は、桜井千里へのダブルインパクト──
「あなたとなら、どこまでも行けるわ!」
「私たちが揃えば、無敵よね!」
NA世界タッグ王者の交代を告げるゴング。
それが今、高らかに打ち鳴らされたのだった。 *a4
|