「えへへ。 ま、あんたと千種とそのファンのみんなには、悪いんだけどね。
あたしもここばっかりは、簡単に譲るわけにいかないのよん」
NA世界タイトルマッチの終結を告げるゴングが鳴り終わり、祐希子が身を起こした。
王者が差し出した手に、めぐみはしかし、仰向けのままでかぶりを振った。
「……ごめんなさい、祐希子さん。 私、今は握手なんてする気には……」
「──そっか。 うん、オッケーオッケー。 そーゆーとこ、あんたらしいわよ。
どうやら次は、もっと手強くなっちゃってくれそうね」
笑顔で片目をつぶった祐希子に、めぐみは悔しさ一杯の表情の中で、それでも何とか微笑みの形を作って返した。
光の中で見つめあう、勝者と敗者──唐突に、予告無く、会場の照明が落とされた。
「……えっ?」
「あっちゃー。 またか……」
さすがに戸惑うめぐみの耳に、祐希子のうんざりした声が響いた。
その反応を待っていたかのように、
「オーッホッホッホッホ!
相も変わらず、地味〜なベルトを必死の形相で守ってらっしゃるようですわね、祐希子!」
ドームの一角で、会場中のスポットライトを集めてふんぞり返ったのが誰か。
WRERAを知る者たちにはもはや言うまでもない。
それでも、エースとしての責任感か、あるいはただ単に黙ってられないだけなのか、祐希子が嫌そうにしながらも、マイクで彼女の名を呼んだ。
「なーによ、市ヶ谷。
毎度毎度、あたしの勝利に水を差してくれて、ホントご苦労さまよね。
で、今日は何の用?
また、このベルトに挑戦させてくれとか、そーゆーお願い?」
「──ベルト挑戦?」
形の良い鼻梁をそびやかした市ヶ谷の言葉に、祐希子も珍しく戸惑いの表情を見せた。
高確率で NA王座の話と思っていたので、鼻で笑われるのはさすがに予想外だったのだ。
「私、そのような低次元の争いをするのは、もうやめましたのよ。
郷に入っては郷に従え……ここ何年かは私もプロレスの伝統とやらにお付き合いしてたのですが、いい加減、そろそろ愛想が尽きてきましたの。
ベルトの有無や、タイトルマッチの結果だけで、格だの強弱だのを判断する──。
そんな狭く小さい枠に収まっていることが、我慢できなくなってきたのですわ!」
「……まあ、あんたはこの前から無冠だし、我慢できないってのもわかるけど。
人のベルトに挑戦しては、無様に負けまくってるもんねー。 富沢相手とかさ」 *c1
「それに革命だの旗揚げだの大々的に喧伝しながら、ここへ来て停滞気味の叛乱劇!」 *c2
「あ……無視された。 へぇ、少しは成長したのねぇ。 市ヶ谷」
「このようなおままごとを繰り返しても、団体も業界も、遠からず衰退の一途を辿るのみ!
そこで、天才にして高貴、美しく誰からも愛され頼られるこのビューティ市ヶ谷が、またも救いの手を自ら考え、差し伸べることにしましたのよ!」
「おーい、市ヶ谷ぁ。 話が長くって、お客さん退屈してるわよー」 *c3
「私がその昔あっさりと頂点を極めた柔道しかり、その他多くのスポーツや武道しかり。
それら全てで最も盛り上がり、世界の覇者を決めると言われているのは、世界的規模で行なわれる大会なのですわ!」
「あー、こりゃダメだわ。 完全に自分の世界入っちゃってる……って、大会?」
「そう! ベルトなどが価値を持っているのは、プロレスなどごく一部のみ!
大多数のスポーツや武道において、最も重い意味を為すのは、世界大会での金メダル!
金色に輝く至高のメダルこそが、世界の覇者、頂点の証明とされているのです!」 *c4
ここへ来て、あくびなどしていた観客や選手たちも、市ヶ谷が語らんとする話に気が付いてきた。 会場中に、静かなざわめきのウェーブが渡っていく。
その反応に満足したのか、市ヶ谷は一つ大きく頷くと、ここが肝心とばかりに、大きく手を広げて力説した。
「この私が主催者として開催する、プロレスの世界大会!
四年前に一度行なわれた大会をベースに、市ヶ谷財閥の総力を上げて規模を拡大。
名実ともに世界大会として仕上げさせていただきます!
四年というのも、世界規模の大会としてはちょうどメジャーな期間ですしね。 *c5
叛乱も因縁も世代闘争も、全ての決着はそこでつければよろしいのですわ!
オーッホッホッホ!」
「ちょっと、市ヶ谷! てことは、あんた、まさか……!?」
今の市ヶ谷は、その声が祐希子の物だと意識もしていなかっただろう。
それでも、至極満足げに頷くと、豪奢な髪をわざとらしく一度かき上げてから、市ヶ谷劇場の仕上げとなる一大宣言をしてのけたのだった。
「第二回、エンジェルウィング・チャンピオンカーニバル!
今ここで、この私・ビューティ市ヶ谷が、その開催を高らかに宣言いたしますわ!」
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