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Heartful Voice 〜 In my hope of it reaching you 〜 [4]

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次から次へと、千客万来な夜だこと」

 戸口に立つ千里に向けた京那の声は、すでに余裕を取り戻していた。

「早瀬さんが来たかと思えば、お次は伊達選手。 まあ、どちらも零が片付けてくれたわけだけど」

 伊達の名前に、千里は微かな反応を見せてそれでも何も言わなかった。 代わりに、左足を半歩だけ前へと滑らせる。

「さらにあなたまで登場するとはね。 アンコールの声も、ほどほどにしてもらいたいものだわ」

 京那は、鉄扇を左手に移した。 空いた右手が、優雅な動きで腰の後ろへと回される。

「舞台の幕はもうとっくに降りているのよ!」

 引き抜かれた右手から、四筋の銀閃が飛んだ。
 投剣か投げ矢かの如く放たれた閉じた鉄扇は、四本のそれぞれがすり抜けられない絶妙な間隔を保ちつつ、風を切り裂いて千里を襲った。

 千里は前に出た。
 胸前に飛来した一本を捕捉、手の甲で叩き落すと、強引に作った空間を縫って一直線に京那に迫った。 それを見て、京那の顔が歪む。
 笑いの形に。
 彼女から見て斜め前方、千里の横合いから追いすがった黒い影は、零だ。 千里が気付くも、既に遅い。
 高速移動の中で交錯した、二つの身体。 鈍い音を立てて、片方が大きく吹き飛んだ。
 京那の得意げな笑みが、見る見るうちに侮蔑のそれへと変わり立ったまま残った人影を確認した瞬間、驚愕へとリセットされた。
 残ったのは、千里。 壁際まで床を転がったのが、零の方だった。

「千里……ちゃん?」

 床にへたり込んだままの早瀬の顔にも瞳にも、信じられないという感情が揺れている。
 千里は一瞥で京那を後ろに下がらせると、半ば惚けた早瀬の元へと踵を返した。

「千里ちゃん……私、あの……」

「早瀬さん」

 うわ言のような早瀬の呟きは無視して、千里は早瀬の前で歩みを止めた。

「どういたしまして」

 えっ、と早瀬が返す間も無く、千里が動いて
 早瀬の目の裏で、星が散った。

 頭を、げんこつで、殴られた。 子供を叱るみたいに、上から、グーで

 星の世界で何とかそこまで理解し終えた時には、

「い……痛ぁぁい! 千里ちゃん、何するの! なんで、いきなり、殴るって!?」

 とっても痛かったらしい。
 目から星と一緒に涙の粒まで出して、頭を押さえた早瀬が、大声でわめいた。
 千里はすでに背を向けていたが、早瀬の抗議の声と視線を受けて、肩越しに振り返った。
 一言。

「バカですか、早瀬さんは?」

 さすがの早瀬も、我を忘れた。

「ば、バカって、千里ちゃん! いや、私、バカかもしれないけど! だって意味わかんないし! さっきの言葉の意味も! 行動と全然合ってないじゃないの!」

「あなたが、さっき言ったからです」

 千里はもう、こちらを向いてはいなかった。

「……私への言葉ではなかったのかもしれません。 でも私は、私への言葉だと受け取りました。 だから、私は

 もう一度、千里は顔だけを振り向けた。

「私は、思った通りにやっただけです」

 こちらを向いた横顔は、どう見ても不機嫌極まりなかった。
 なのに。

「ただし、です。 私は、天使なんかじゃありませんよ? 私に言わせれば、早瀬さんの方がその……。 それをあなたは、軽蔑だとかさよならだとかっ。 まったく人の気も知らないでっ」

 それなのに、必死に照れ隠ししているだけなのだと、わかってしまった。
 早瀬には、早瀬だけには、わかってしまうのだ。
 千里の強さも、時にはそう見えて強がっているだけの彼女の弱さも、優しさも。 そして何より、けっこう素直じゃないところも。
 そうそんなところだけはとてもよく似ている、“二人”だったから。

「ちー……ちゃん……」

お話はまだ続くのかしら。 仲良しさんたち?」

 苛立った横槍が、早瀬と千里を同じ方向へと振り向かせた。
 こちらは早瀬にも不機嫌そのものとしか見えない顔で、京那が腕を組んでいる。

「仲良しというより、勇敢なナイトとお姫様ね。 さっきのまぐれには驚いたけど、きっとあれも早瀬さんを守りたいという一心から。 そう、さしずめ──」

 千里の眉が、ぴくりと震えた。 気づかずに京那が続ける。

「守るものがあるから強くなれた、といったところかしら?」

 この時の千里の表情こそ、見ものだった。

「守るものが、あるから?」

 呟いた千里の纏った不穏極まりない空気に、彼女の『一番嫌いな弱い考え方』という言葉を思い出した早瀬は戦慄したはずが、なぜか思わず噴き出してしまった。 京那は京那で、

「な、なにか気に障ることを言ったかしら。 だったら、その、ごめんなさいね」

思わず鉄扇を広げて、隠れるように身を引いていた。

「と、ともかく、千里さんは何の用なの? 早瀬さんを助けに来たのなら、そのまま連れ帰っていいわよ。 私たちは、これ以上何もしないから」

「……ありがたい申し出ですね。 ですが」

「ですが?」

「それでは、駄目ですね」

「駄目ですって?」

 眉をひそめた京那は、千里が早瀬のミッション達成を知らないことに気付いた。
 であれば、と経緯を説明してあげようとして、

「零を倒せる人を連れてくれば、早瀬さんの団体に多額の寄付をすること」

 いきなり指を折り始めた千里に、先を越されてしまった。

「そ、そうだったわね。 だけど、その話はもう

「さらに、柳生さんたちの団体や、先生伊達さんにも、十分な補償と謝罪をすること」

 挟んだ言葉を無視されて、京那の不機嫌は一気に頂点に達した。
 千里は我関せずの様子で、指の数を加える。

「さらに、もう一つ寿零を、解放すること」

 驚きの気配が、たちまち部屋を満たした。
 早瀬と、京那と、すでに立ち上がって成り行きを見つめる零が、その出どころだった。

「これらの条件は、一度きりでかまいません」

 驚きが生んだ沈黙の中で、千里は一人、言葉を続けた。

「私が今この場で、零を倒せた場合のみ。 それで、いかがでしょうか」

 京那に向けたその表情は、声と同じで、何の気負いも無く澄み切っていた。



「いかがでしょうか、ですって……っ?」

 京那の全身は、はた目にもわかる怒りに震えていた。

「勝手に増やした条件で、零と戦わせろ? おまけに、今ここで倒してみせる? 一回のまぐれで、随分と調子に乗ったものね。 そんな冗談……」

 搾り出す声までも震え、手にした鉄扇がきつく握り締められる。
 そして高らかに響きわたったのは、哄笑。 京那は、お腹を抱えて笑い出した。

「あははは! 面白いじゃない、なによそれ! この前あんな負け方しておいて、何様のつもりよ! 早瀬さんにも呆れたけど、上には上がいるってこと? 身の程知らずもここまで来るとあっぱれねああ、おかしい!」

 怒りではなく笑いをこらえていたのだと知って、早瀬は唖然とした。
 千里は、表情を変えていない。
 零もまた、無表情のままで京那の笑い声を聞いていたが、

「零、今のダメージは?」

 いきなり真顔で振られて、戸惑いの色を見せた。 既にチェックは終えていたが、改めて四肢を軽く動かしてから、

「問題ない……よ」

「油断は二度と許さないわ。 連戦よ。 全力を出せるのね?」

「う、ん」

「いいでしょう」

 京那は鉄扇をぱちりと鳴らした。 つかつかと部屋を横切ると、逃げ道を封じるかのように戸口近くで振り向いた。 真っ直ぐに腕を伸ばし、千里に向けて鉄扇を突きつける。

「挑戦権をあげるわ、千里さん。 ただし、それだけ条件を加えた以上、賭け金も高くさせてもらうわよ。 せいぜい後悔するといいわ」

 突きつけた鉄扇を、京那はゆっくりと頭上へと持ち上げていった。
 それを合図に、大気もまたゆっくりと凝結していく。
 零は、オーソドックス・スタイルに。
 千里は、真半身に。
 初邂逅ジムで対決した時と、同じだ。
 あれからまだ、幾ばくも月日は経っていない。 ゆえにおそらくは結果もまた、同じにしかならないはずだった。
 あの時の結末を思い出して、早瀬は叫んだ。

「千里ちゃん!」

「零」

 千里は応えず、絶妙に被せられた京那の呼びかけの方に、わずかに零が目線を向けた。

「くだらない条件に惑わされてはだめよ、零。 本気で……いいえ」

 天井のシャンデリアを指した鉄扇に、力が籠もる。
 撃発の時が、近づいていた。

「殺す気で、やりなさい」

 京那の腕が、合図と化して振り下ろされた。


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本章あとがき


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