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あなたの決め技は何ですか?

リプレイ「風と天使と殺戮者」の妄想補完SSその7(Final)です。

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 フィニッシュ・ムーブ。あるいは、フィニッシュ・ホールド。

 レスラーにとって、勝負を決定づけることのできる大技・決め技であるというだけでなく、直前のパフォーマンスを含めてその選手の個性すらも象徴し、時には代名詞ともなり得る技。
 それゆえ、レスラーたちは自らのスタイルに合った技を模索し、身につけ、磨き抜いていくのだった。

 その技が文字通りの必殺技となるまで、昇華させるために。


 ─それは、ボンバー来島、会心の一撃だった。
 身体ごと走りこんで叩きつけた右腕を振りぬくと、真芯にボールを捉えた手応えをその腕に残して、ミットを持った相手を豪快に吹き飛ばした。
 吹き飛んだ相手は、何とか着地した足もたたらを踏んで、バランスを立て直すことができずに後ろに倒れる。
「うにゃあ」
 と、どこか猫の鳴き声めいた苦鳴を上げたトレーニングミットは目にも入らず、来島は練習場のリングの上で、高々と拳を突き上げた。
「よっしゃあ! “ナパームラリアット”、完成だぜ!」
 満面の笑みも、誇らしげに叩いた上腕二頭筋も、そこいらの男よりよっぽど男らしい。しかし、力持ちこそ気は優しいという世の習いの通り、
「うにゃあ」
 と、もう一度上がった苦鳴に気付くと、来島は満面の笑みを、心配と謝罪の色に一瞬で切り替え、自分が打ち倒したトレーニング相手を慌てて抱き起こした。
「わ、悪りぃ、寮長。大丈夫かよ?」
「……うー。来島ちゃん、ひどいにゃ」
 ミットを抱えていた分、受身に失敗したのだろう。腰をさすりさすりしながら起き上がったテディキャット堀は、上目遣いで来島に口を尖らせる。ただ、来島が頭を下げる度に溜飲も下りていったのか、四回目の謝罪の後には、尖った口が苦笑の形に変わっていた。
「もういいにゃ。それより、完成おめでとうだね。すっごいラリアットだったよ」
「おう、ありがとな。へへ、やっぱりブルファイターの決め技といえばラリアットだからよ。ロープに振って、すれ違いざまに一瞬の大爆発! それが俺のナパームラリアット! 我ながら、ぴったりの技と名前だね!」
 ほくほくと子供のように顔をほころばせる来島の隣で、これも子供のように堀がパチパチと拍手で祝福する。小馬鹿にしているとも取られかねない態度だが、堀が裏表のない性格だということと、何よりその屈託の無い笑顔が、素直に来島を喜ばせた。
「照れるね、へへへ。これも特訓に付き合ってくれたみんなのおかげだぜ。あの、市ヶ谷のヤツだけは除くけどな」
「あはは。そういえば、来島ちゃんが特訓始めたのって、麗華ちゃんがきっかけだったっけ」
「ああ。あいつが必殺技のお披露目とか言って、いきなり俺に何か変な名前のパワーボムを食らわしやがってよっ」
「ビューティボムだにゃ」
「そう、それだ! あげくにあの野郎、決め技の一つも無いレスラーなんてカスも同然ですわ、とか言って高笑いしやがってえ! あー、思い出したらまた腹立ってきた!」
「き、来島ちゃん?」
「見てろよお! 次に会ったら、このナパームラリアットで目にもの見せてくれるからなあ! 首を洗って待ってやがれ、市ヶ谷ぁ!」
「来島ちゃん!? 落ち着いて、落ち着くにゃん!」

 いきなり沸点に達して腕まで振り回し始めた来島を、及び腰になりながらも懸命になだめようとする堀。
 普段とは配役を代えて始まった市ヶ谷遺恨劇場の開幕に気付いて、リング外で一人サンドバックを相手にしていた選手が、呆れ果てたように呟いた。
「なーに怒ってんだか。市ヶ谷なんかに腹立てるだけ、体力の無駄なのにねえ」
 いつもは主演女優を務めるマイティ祐希子による、普段の自分を棚に上げまくった言葉にも、今日はツッコミ役がいない。それで調子に乗ったわけでもないだろうが、祐希子は一人で感想の言を続けた。
「でもまあ、アレよね。知らなかったけど、恵理って意外と根に持つタイプだったのねえ」
「私ほどではないと思いますよ、祐希子さん」
 今度は妙な反響があった。振り向いた先を、サーキットトレーニングを終えて汗だくの少女が横切っていく。後輩レスラーの桜井千里だ。
「えーと。どういう意味かな? 桜井ちゃーん?」
「着替えてきます」
 答えになっていない答えを返して、千里が更衣室に消えていく。
 おーい、と閉じたドアに呼びかけた祐希子の耳に、真新しい声が届いたのはその時のことだった。

「なかなかのパワーじゃないか─お遊戯にしては」
 内容も挑発的なら、口調はその数倍。一斉に振り返った三対の視線は、ジムの入口横にもたれかかる人影に焦点を合わせた。
 ショートのタンクトップにデニムのパンツは、夏という季節を考えれば違和感こそ無いが、それでは押さえきれない全身を覆う鍛え上げられた筋肉と、目深にかぶったメッシュキャップから洩れた口元に浮かぶ軽侮の笑みが、彼女が只者ではないことを主張していた。
「見ない顔だね。誰だい、あんた?」
 来島が硬い声で誰何したのも無理はない。見ず知らずの女性が論評し、挑発までしてきたのは、おそらく彼女のことなのだ。
「ハンッ。狭いけど、思ったよりはまともなジムだな」
「おい、人の話を─」
「ただ、冷房をケチってるのは気に食わない。ニューヨークより涼しいからいいけど、空調止めてのトレーニングが古くさいってことには気付いた方がいい」
「聞けってんだよ!」
 傍らの堀がびくっと身をすくませるほどの怒号に、来島を無視してジム内を見回っていた相手が、ようやく顔を向けた。
「なんなんだ、てめー!? うちに何の用だ! 殴りこみか、こら!?」
「来島ちゃん、ヤクザじゃないんだから……」
「あいつはヤクザみたいなもんだろーが! 冷やかしなら帰れ! そうじゃなきゃ、とりあえず靴を脱げ!」
「おっと、ソーリー。土足厳禁ってやつか」
 素直にスニーカーを脱いだ女性は、靴下まで脱いだその足で、リング下まで歩み寄った。
「気分を害したなら謝るさ。これから世話になるお前たちに、嫌われたくはないしな」
「世話になる……だってえ?」
「ひょっとして、新しいコーチの人ですか?」
 社長が先日コーチの募集をかけたことは、堀だけでなく選手全員が知っている。雇われたにしては随分と早い話な気もするが、思い当たる話はそれくらいしか無い。
「ま、そんなところだ」
 いささか曖昧に返した女性は、何を思ったか、そのままリングに上がった。慣れたロープのくぐり方は、確かにプロレス関係者のものだ。
「……何のつもりだい?」
「お近づきのしるしに、早速ひとつコーチしてやるよ。お前のラリアット、そのままじゃフィニッシュ・ムーブなんていえないってことをな」
「!! 上等じゃないかよ!」
 挑発にしてもストレートな物言い、リング上でも外さない目深な帽子、その下で剥がれることのない笑み。どれもが来島の癇に障った。
「ちょ、来島ちゃんってば、ダメだって!」
「寮長は出てな。心配すんなって、ちょっとあいつと話するだけだっ」
「話って、拳や筋肉でするつもりでしょ!? それはダメ! ゆっこも見てないで止めるにゃん!」
「やーねえ、寮長。こんな面白いもの、あたしが止めるわけないじゃない」
「ゆっこったらあ!」
 リング外で完全に傍観者と化した祐希子に抗議する堀を、来島は半ば強引にリングから追い出した。一対一で謎の女性と向き合う。

「で、どうするんだよ。スパーリングか?」
「時間の無駄だろ。ロープに飛ばしな。受けてやる」
「わかったよ!」
 来島は掴みかかるようにして相手の腕を取り、全力でロープに振った。自らも反対に走ってロープを使う。
「くらえ! ナパームラリアットぉ!」
 双方がロープから跳ね返り、来島がラリアットの態勢に入ったところで、女性は足に力を込めた。減速するためではなく、加速のために。
「お前のロックオンは─甘いのさ!」
 ライフル弾の如き加速は来島の目測をたやすく誤らせ、女性を真正面から懐に飛び込ませた。そこでかけた急制動こそがまさに筋力の至芸。十分の一秒で突進の勢いを殺しきった女性は、反転際に来島の頭をロックし、そのまま相手の勢いを利用して前方に跳んだ。かぶっていた帽子が宙に舞う。
「Sniper's Diamond Cutter」
 その囁きが来島の耳に届いたかどうか。
 ロープワークからのダイヤモンドカッターという掛け値なしの荒技は、練習用のリングを大きく揺るがしながら、来島をうつ伏せでマットに叩きつけた。
「うぐ……っ!」
 呻いた来島の背に、駄目を押すかのように脱げた帽子が着地する。
「勉強になったかい、ガール? これこそが、フィニッシュ・ムーブだよ」
 その声の主が拾い上げた帽子を追うように、来島が苦痛に歪んだ顔を上げた。その表情が今度は驚きの形で固まる。
「リ、リリィ・スナイパー……あんた、リリィ・スナイパーなのか!?」
「ハハン、この国でも知ってもらえてるとは光栄だ」
 指先で帽子を回しているのは、プロレス通の来島でなくても、CS放送でアメリカン・プロレスを見ていればわかる顔だった。

 世界屈指のタッグチーム、“スナイパー・シスターズ”。
 『バンダナしてるマッチョなあたし』こと姉のリリィと『ロングヘアのキュートな私』こと妹のコリィという実の姉妹によるタッグはまさに阿吽の呼吸で、ファンの中には世界最強と銘打つ者も存在する。
 先般、妹のコリィが試合中の怪我で長期欠場を余儀なくされ、それまで二人で所持していたWWCAタッグベルトを返上したことは来島も知っていたのだが
「それにしたって……あんたが、どうしてここに?」
─おや、もう来てたのかい?」
 またも新たに登場した声は、しかしその場の全員が良く知る物だった。代表して、来島とリリィが同時にその名を呼ぶ。
「葉月さん」
「ヘイ! ハヅキ、遅かったね」
「あんたが早すぎんだっての。しかもその様子だと、うちの若いのに早速ちょっかい出してくれたみたいだね。ったく」
 六角葉月は、この団体に来てからすっかりクセになってしまった苦笑いを浮かべた。その表情のまま入口の扉を閉めた彼女に、堀が疑問をぶつける。
「リリィ……さんと、お知り合いなんですか?」
「アメリカ時代からのね。WWCAには結構お世話になってたからさ」

 それから葉月が説明したところによれば、コリィの欠場中にWWCAと姉妹との契約が切れ、リリィは一時的にフリーの身になったらしい。それを知った葉月は社長に進言、自ら連絡を取って、彼女と単身の提携契約を結ぶのに一役買った、ということだった。
「ま、テコ入れってやつだわ」
 ちなみに、皆に黙っていたのは、ただ驚かせようと思っただけ、だかららしい。
「うちと提携してる AACも、まだトップレスラーは寄こしちゃくれないしね。世界レベルの相手が来れば、お客さんはもちろん、あんたたちも喜ぶだろ? 来島なんか、もうさっそく喜んでくれたみたいだけど」
「……ええ。うれしいですよ。とってもねっ」
 身を起こした来島が搾り出した黒い声に、リングを降りたリリィが振り返った。その顔に向けて指を突きつけ、
「確かに、いい励みができたってもんだ。覚悟しときな! あんたが日本にいるうちに、きっちりあんたを倒してやるよ! この俺のナパームラリアットでな!」
 試合後にマイクを持ってであれば、歓声の沸き上がりも期待できそうな来島のパフォーマンスを受け止めて、リリィは─小首をかしげた。ギャップが妙に可愛らしい。
「……おい」
 来島のツッコミは放置して葉月を手招きし、小声で何かを伝える。ふんふん、と頷いていた葉月が、やがて来島に向き直った。
「あー、あのね、来島」
「はい」
「難しい日本語はよくわからんから、もう一回言ってくれ、だってさ」
 その時、表現上ではよく使われるが実際には聞こえるはずの無い音が、確かにジムの中に響いた気がした。
 ぶちっ、という音が。

「ふざけんなーっ!!」
 一瞬遅れて、今度は間違いなく響き渡った来島の怒声が、全員の鼓膜を激しく打った。
「てめっ! あんだけペラペラ話せといて、今のがわかんねーわけねーだろが! ボケかましてんじゃねえ! いや、もっかい言えってんなら言ってやる、その耳元で叫んでやるからツラ貸せツラ!」
「き、来島ちゃん、落ち着くにゃ! ヤクザじゃないんだからあ!」
 リングを飛び降りてリリィに突進しようとする猛牛を、必死に押しとどめる堀。
 数分前よりパワーアップして再現されたそのドタバタを眺めて、サンドバック脇に一人立つ選手が、呆れ果てたように呟いた。
「あーあ。こりゃ大変だわ。恵理みたいなタイプに恨まれると、後が怖いのよねえ」
「私ほどではないと思いますよ、祐希子さん」
 振り向いた祐希子の前を、更衣室から出てきた千里が横切っていく。今度はロードワークに出るようだ。

「で。どうだい、リリィ。この団体は?」
 背後の騒ぎはどこ吹く風で、葉月はリリィに質問した。もちろん日本語で。
「そうだな……」
「てめーは絶っ対に俺が倒してやる! 覚悟してろよ、この野郎!!」
「来島ちゃん、止まって! 止まりなさいってば!」
「あのー、桜井ちゃーん?」
「走ってきます」
 若い選手たちの顔をざっと見渡して、最後にリリィは葉月に目を合わせた。
「少なくとも、退屈はしないで済みそうだ」
「そうだな。確かに、退屈だけはしないよ」
 と、葉月は保証した。


妄想補完その7。
2年目2Qの補完になる予定です。(まだ本編書いてません。)

この前の金曜日、久々に平日に代休が取れたのですが、その貴重な休みにプチ引きこもりして、ひたすら「その6」と、この「その7」を書いてました。

……もっと有意義な使い方するか、あるいはサバイバー2をプレイしなさいよ。> 自分

というわけで(?)、最後の自分妄想補完SSになります。本当です。今度こそ、プレイ&プレイメモの進行を優先させます。

その最後の話が、来島さんとリリィ・スナイパーの話、ていうチョイスもどーなんだろーとは思うのですけどね。


しかしまあ、これでようやく他のレッスルのサイト、特に小説系のを見に行くことができます。今までは、影響を受けそう & つい真似しそう & 何より自分の力量に落ち込みそう、ということで、意識的に避けていたので。(悲)


そんなに多くの人ではないものの (^^;)、このSS、どころか、この欄まで読んでいただいている人が確実にいる、というのは嬉しかったです。

よかったら、トップページ片隅にこっそり設置のWeb拍手でも押していただけると、今後の励みになります。
# 拍手っておねだりするもんじゃないよね、とも思いつつ…

今後とも、旧作ダイジェストはもちろん、サバイバー2プレイメモ本編の方もよろしくお願いします。それでは〜 (退場)



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