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臥した龍と、鋭き刃

リプレイ「風と天使と殺戮者」の妄想補完SSその6です。

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 リング中央での激突は、全くの互角だった。
「くっ!」
「うっ!」
 互いの圧力に耐えかねたかのように飛びすさったのが同時なら、離れた距離も再び前に出たタイミングも同じ。繰り出したラリアットが互いの首もとに炸裂するのが同時なのは、もはや必然と言えた。

 GWA世界タッグ王座タイトルマッチ。王者組のローズ・ヒューイットと挑戦者組のサンダー龍子のパワーは、まさしく互角だった。
 ショルダータックル、エルボー、ラリアット、逆水平チョップ、DDT
 息もつかせぬ凄まじいパワーの応酬は、起こりえないはずの衝撃波すら感じさせ、会場を埋め尽くした観客から大歓声を引き出した。

 ─だが、均衡はいつか破れる。
 余興にも似た力比べではなく純粋に相手を捻じ伏せるための手四つの中、龍子は見た。
 ヒューイットの笑みを。
 名前が示す薔薇のような笑顔ではない、獲物の品定めは終えたと言いたげな爬虫類の冷笑に、龍子は咆哮を上げて力を強めた。
 天頂を向いていた手が、ヒューイットの方へと傾く。それが何の抵抗も伴わないことに気付いた時、龍子はみぞおちに重い衝撃を受けてくの字に吹き飛んだ。
 至近距離からバネだけで放ったドロップキックから華麗な受身で立ち上がるや否や、ヒューイットは手のひらを上に伸ばし、長く細い指を優雅に折り曲げた。
「さあ、いらっしゃいな。可愛い可愛い子猫ちゃん?」
「ふざけんじゃないよ!」
 挑発と知りつつ乗って、龍子が走る。その腕をいなしてロープに振ると、今度は低空のドロップキックで転倒させ、起き上がる間も与えずにギロチンドロップで首を刈る。
 捕らえようと伸ばす手を避けて間合いをとり、華麗なロープワークで龍子を幻惑するヒューイット。
 二人のパワーは確かに互角。しかし、スピードには天地ほどの差があった。
 小気味良い動きと跳躍力を活かした技に翻弄され、龍子の息は見る見るうちに激しく上がっていく。
「龍子!」
 自軍コーナーから差し出された手に、龍子は一瞥を投げ─投げるだけにとどめた。
「龍子!?」
 タッチを求める声を無視して戦いを続ける龍子だったが、スタミナの切れた彼女はもはや王者組の敵ではなかった。ヒューイットはもとより、そのパートナー、ジャニス・クレアにもペースを握られて何度もニア・フォールの危機を迎える。
「龍子っ!」
「くう……っ」
 三度目の正直とばかりに自分を呼ぶ声に、今度は龍子も反応した。追いすがるジャニスをカウンターの膝でよろめかせ、タッグパートナーの伸ばした手に自分の手を合わせる。
「上原さん……!」
「後はまかせな!」
 溜めていたものを一気に解き放つかの如く、ブレード上原はコーナーから躍り出た。ジャニスの迎撃態勢を物ともせずに挨拶代わりのソバットを叩き込み、
「よくも好き勝手してくれたね!」
 とコーナーに振ってのスペースローリングエルボーで、観客のボルテージを一気に頂点へと押し上げる。
「あんたたちのベルトは……私がもらうよ!」
 堂々たる態度で王者組をねめつけ、リング上で躍動する上原の姿を、龍子はコーナーポストに預けた身体の出す荒い息の中で、何もできずに見つめていた。

 
 ─兵庫県の文化公園アリーナで行なわれた、日本初となるGWAタッグ王座タイトルマッチは、27分48秒、ブレード上原のフランケンシュタイナーで決着。挑戦者組が見事にベルト奪取を果たした。
 特に、後半にブレード上原が見せた戦いぶりは、鬼神の如く、という表現がふさわしいもので、翌日のプロレス記事がこぞって彼女を中心に取り上げたのは、極めて自然な帰結といえた

 
失礼しますっ」
 腹立ちをドアに叩きつけない理性は残っていたが、それでも閉めた扉はかなり大きめの音を立てた。
 退出したのが社長室ということを考え合わせると、気弱な人間なら思わず身をすくめてしまうところだが、サンダー龍子は意にも介さずに大股で歩き去っていく。
『団体ベルトの王者決定戦の話は、白紙とします』
 半ば無意識に歩を進める龍子の脳裏に、つい先ほど社長秘書の井上から告げられた言葉がよみがえった。
『確かに、GWAタッグ奪取を条件に、新設したベルトの王者決定戦をあなたと上原選手で行なう約束でした。ですが、あの試合内容では……』
 龍子は奥歯を噛み締めた。ぎりり、という音が聞こえてきそうな噛み方だった。
『まだ時期尚早ということだよ、今の君ではな』
 最後に社長が渡した引導を思い返したところで、龍子はジムに辿り着いた。今度は感情の赴くままに力一杯ドアを開ける。
 
「おっ?」
 派手な音で開いたジムの入口に驚いたブレード上原は、続いてそこから入ってきたポニーテール姿に気付いて、見開いた目を元に戻した。
「何か怖いね。どうしたのさ、龍子」
「……上原さん」
 龍子はばつの悪さを口調ににじませた。尊敬する先輩だが、今は一番顔を合わせたくない相手でもある。
「大きな音たてて、悪かったです。てっきり誰もいないかと思って」
 結構遅い時間だ。実際、ジムの中には上原一人しかいない。その上原は気にした風もなく、
「そっちはいいよ。そろそろ上がるとこだったし。怖いのは別の方」
「別って?」
「あんたの雰囲気だよ。てっきり鬼か蛇でも入ってきたかと思ったじゃないか」
 いや、あんたの場合は龍か、と独りごちた上原に、龍子は沈黙で応えた。それが最善かどうかは、判断がついていない。
「で、何があったの?」
 と、上原が投げた直球に、龍子は目を逸らした。
「別に、何も」
「何もって顔じゃないでしょ。言っておくけど、私はしつこいからね。この後お酒に付き合う気がないんだったら、早く話しちゃった方がいいと思うけど」
「…………」
 少し考えてから、龍子は溜息をついた。これはどうも相手が悪いらしい。
「長くなりますよ」
「いいって。聞くからさ」
「わかりました。話します。実は……」

 と、切り出した龍子が、社長室での一件を話し終えるのには、一分とかからなかった。
 その間、上原は一言も挟まずに耳を傾けていたが、話が終わるとすぐに口を開いた。
「なるほどね。それは、不満なのもわかるわ。そういう約束だったし」
「……ええ」
「でもさ」
 上原は、逆接の接続詞とともに龍子の瞳を見つめた。相手もこちらを見たことを確認してから、その先を紡ぎ出す。
「今のあんたじゃ、仕方ないんじゃない? 誰が勝つか決まってるタイトルマッチなんて、意味無いんだから」
 言葉の意味を量りかねたのだろう。龍子は二度ほどまばたきをして、それからゆっくりと息を引いた。上原と合わせた視線が鋭さを増す。
「随分と……言ってくれるね、上原さん?」
「あらあら、また怖くなってきたわね」
 殺意に似た物すら込められた龍子の声を平然と受け止め、上原は不敵に微笑んだ。
「あんた、私に勝てるって、本気で思ってる?」
「…………!」
 握り締めた拳が音を立てた。それは、怒りではなく冷徹な現実を見つめた結果の音だった。だから、龍子は二の句が継げず、押し黙るしかないのだった。

「まあ、あんたがどう思ってるかは置いとくとして」
 上原は手を自分の前髪に当てると、目を閉じて龍子の視線を外した。
「実は、私にだって不満あるんだ。なんで、私にただベルトを渡さないのかって。なんで、わざわざ空位にしておくのかってね」
「…………」
「というわけで、ちょっと嫉妬してるのさ。あんたには」
「……? 嫉妬、ですか?」
 意外な単語の登場に、龍子の沈黙が解けた。
「そ。妬いてるってこと。……思うに、社長や井上さんは、あんたに相当期待してるんじゃないかな。『近いうちに龍子は上原やヒューイットとも互角に戦えるようになるはずだ。だから、それまではベルトを空位にしておかんとな』って」
 上原が見せた社長の声真似は、意外なほど特徴を捉えていたが、龍子は、くすり、とも笑わなかった。
 そのせいかどうかはわからないが、上原は肩をすくめながら、
「団体の初代王者として見込まれてる……それだけ愛されてるかもってことだよ。羨ましいじゃないか、龍子?」
 と、さして羨ましくもなさそうに言った。

 
 一方。龍子を見送った社長室では、井上と社長があらためて団体ベルトの扱いを確認していた。
「しばらくは空位のまま凍結。それをアングルの一つとし、会見やネット上の反応を見て今後を検討する─それでよろしいですね」
「ああ。委細は任せる。どれくらい空位のまま引っ張ると思うかね?」
「半年は覚悟しましょう。上原−ヒューイット戦を本線に据えるなら、もう少し短く済むと思いますが……」
「それは無いな。万が一にもヒューイットに初代王者の座を奪われようなものなら、団体の面目が立たんよ。ベルトの権威、いや、商品価値を地に落とすリスクは負えん」
 社長の否定もその理由も、井上にとっては予定調和だ。これはあくまで確認なのだ。
「龍子選手についても同様、ですね」
「そうだ。若手最強、反逆の雷龍……今、上原とのタイトルマッチを行なえば、その商品価値が下がるのは明白だ」

 もし一方的に敗北したとしても、龍子はそれを糧に強くなるだろう。そういう選手だ。だが、そのことすらも計算に入れて、井上と社長は龍子の戦績に大きな傷を残さない道を選んだのだった。
「傷のついた宝石は輝きを失い、それは取り戻せん。次代のエースは、大切に育てんとな」
「社長は、選手思いですね」
「皮肉かね?」
「いいえ、本気ですわ」
「そうかね」
 深く椅子に沈みこみながら、社長は腕を組んだ。
 秘書の言葉の真意を量っているのかどうかは、宙を仰いだその目からも窺い知ることができなかった。


妄想補完その6です。2年目1Qの補完です。

前回のこの欄で「上原さんネタでちょっと書くかも」と書いた話です。
…むしろ、龍子さん話になってますが。

本編ありきで書いたので、「ローズ・ヒューイットを名の『ローズ』と呼ぶか、姓の『ヒューイット』で呼ぶか」で相当悩んだのを除き、遅筆な自分にしてはすんなりと書けました。

その他については、同時に書いた 妄想補完その7 のこの欄に書いておきますので、そちらをよろしくです。それでは〜 (脱兎)



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