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最強の意味


6-1

「…!」

「……」

「…おかえり」

「祐希子さん…すいません…あたし…」

「山田の額、叩き割ったんだって? やるわねえあんたも」

微笑みとともに迎えてくれた祐希子に、ソニアは市ヶ谷に誘われてからのことを訥々と語り始めた。それに無言で、しかし真剣に耳を傾ける祐希子。

「…でも山田さんに言われて目が覚めて、考えたんです…ここまで戻ってくる間に。 それでおぼろげながら分かってきた…あたしのしたいこと…
…それは、マイティ祐希子を倒すことなんじゃないかと…」

「…キッツいわよお、あたしを倒すのは。それに、ただ倒すだけじゃ誰にも認めてもらえない。それがプロレスの難しいところであり面白いトコでもあるんだけどね」

「でも決めたんです。あたしがそうなれるまで、祐希子さんには最強でいてもらいますから」

「はいはい。言われなくったってそのつもりよ。あんたにはこれから先もずーっと負けてなんかやんないわ」

「それでこそ祐希子さん!」

「あはははは!」


…結局、市ヶ谷の乱暴極まりない計画は、メガライトを引きずりだせなかったことで頓挫した。

しかし、女子プロレス界で初めて世界王座を統一しようとした市ヶ谷の試みには、好意的な評価が聞かれたことも確かだった。

「王座の統一…か…」


「あの…祐希子さん」

「ん? なーに、ソニア」

「…市ヶ谷さんと、シングルで戦わせて欲しいんです。今度のシリーズで」

「…どうして?」

「この間のことに決着をつけておきたいんです。
別に市ヶ谷さんに対して感情的なモノがある訳じゃありません。でも、このままだと何かスッキリしなくて…
ワガママなのは分かってます! だけど、何とかお願いします!」

「ふふーん、あんたも色々考えるようになったわねえ。
…どーせならさ、市ヶ谷が龍子から奪ったWWCA世界ヘビー、あれかけちゃおうよ」

「え…えええええ、せ…世界王座をですか!?
あたしまだ一度もタイトルマッチやったことないのに、いきなり世界王座なんて、ムチャですよ! それに、市ヶ谷さんがOKするわけないじゃないですか!?」

「だーいじょーぶ。こーいう時のあいつの扱い方にはコツがあるのよ。ま、まかせなさいって」

6-2

「あーもしもしぃ、市ヶ谷? あたしよあたし。あーのねえ、ウチのソニアがねえ、

『どーせ市ヶ谷さんなんて、あたしとWWCA世界王座を賭けて試合する度胸なんてないですよねえ、あはははは』

…って言ってたわよお」

『なんですってええええ!? あの小娘が、このわたくしを腰抜けとぬかしたとおっしゃるの!?』

「そーそー、あんたもナメられたもんねえ。ま・さ・か、天下のビューティ市ヶ谷が、このままナメられっぱなしでいるわけないわよねえ」

『おおのれえええ小娘! よろしいですわ。WWCA世界王座、賭けて差し上げましてよ! 今度の試合が、あの小娘にとって最後の試合にならないことを祈るばかりですわね!』

ガチャッ!!

「…ほーら、バッチリだったでしょ?」

「祐希子さあん、あたし死んじゃいますよ! あんなのコツじゃなくて市ヶ谷さんを挑発してるだけじゃないですか!」

「ま、そーとも言うかしらね。大丈夫、どーんとぶつかってらっしゃい。危なくなったらタオル投げてあげるからさ」

「…怒り狂った市ヶ谷さんが相手のタイトルマッチ…どーしよ…」


この時の祐希子に、どれだけの「勝算」があったかは不明である。

自信家のソニアでさえ、いや、自信家のソニアだからこそ、今はまだタイトルが懸かった試合で市ヶ谷に勝てる予感がしなかった。

だが、あまりにあっけらかんとした祐希子の態度が、ソニアに世界タイトルマッチの重圧を忘れさせ、開き直った気持ちで試合に臨ませたことは間違いなかった。

6-3 6-4

そして、ソニアが市ヶ谷に今までの自分の全てをぶつけ切ったその時…


《何とソニア稲垣、ビューティ市ヶ谷からWWCA世界ヘビー級王座を見事に奪取う!

タイトル初挑戦にして世界王座を戴冠とは、今まで誰もなし得なかった偉業! さすがは無敵の女神・マイティ祐希子の直弟子ということなのでしょうかああ!?》

6-5

「あはははーっ! でかしたあ、ソニア!」

「ゆ…祐希子さん…あたしホントに勝ったんですか…」

「何言ってんの! 正真正銘あんたの勝ちだよ! ほら、これがベルト!」

「あたしが市ヶ谷さんに勝って…世界王者に…? ホントにそうなんですね!?」

「うん。よくやったね、ソニア」

「は…はい! それで…このベルトなんですけど…」

「なに?」

「い、いえ…何でもないです…」


ソニア稲垣の名が驚きとともにスポーツ紙を賑わせた試合翌日。
彼女の姿は、腰に巻いたばかりのベルトとともにWARSの事務所にあった。

6-6

「…で、ベルトを自分が取り返してきたからあたしに返すって…そう言いたいの?」

「は、はい…」

「市ヶ谷と一緒にウチに乗り込んできた奴が、そいつの持っていったベルトを取り返してきて詫びのつもりか? サンダー龍子もなめられたもんだね…」

「そんなつもりじゃ…!」

「ベルトってのはね、強い奴が取るモンなんだ。特に世界王座なんてのは、それに相応しくない奴の腰には絶対に巻かれない」

「…」

「だから、あんたはそのベルトを持って堂々としてりゃいい。返上するだ何だってのはあんたの勝手だが、あたしのところに返しに来るなんてのは勘違いもはなはだしいよ。あたしは、取られたモンは自分で取り返しに行く。そういう主義だ」

「龍子さん…」

「フフ…でも、WWCAのベルトはあたしより先にウチのひよこが取っちまうかもね。さっきの理屈で言えば、あいつの方が相応しいのかも知れないから」

「え? どういうことですか?」

「この間、あいつはあたしから3カウントを奪ったんだ。それも文句のつけようのない完璧なヤツをね」

「…!」

「敵は上にばかりいるんじゃない…横に並んでるヤツが一番怖いってことを、よく覚えておくんだね」


龍子に諭されたソニアは、よく考えた末、祐希子にWWCA世界王座返上の意志を伝える。

「龍子は、世界王座をあんたが背負うことで、今よりもっと大きくなって欲しいって思ったんじゃないかな。もっとも、あんたもそれが分かった上で、それでも返上したいって言ってるんでしょ?」

「はい…」

「うん、分かった。自分がこのベルトに相応しいレスラーになったと思ったら名乗りを上げることね。もちろん、他の連中も黙ってないでしょうけど」

「次にそのベルトを巻くときには、みんなに認められるレスラーになってます、必ず!」


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