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グリーンガール


1-2

「おっ、いたわね帰国子女」

「ハイ、ミスチャンプ。また会えて嬉しいわ。今日もここでトレーニング?」

「ううん、今日は別の用事で来たのよ」

「ふーん。インストラクターを口説きに来たとか? ここのインストラクター、結構イイ線いってるしね」

「そ、口説きに来たのよ。相手はインストラクターじゃなくて、あんただけどね」

「……ごめんなさいチャンプ、あたしそーいう趣味は…」

「な、なにバカなこと考えてんのっ! 自分をスカウトしないかって言ってきたのは、あんたの方でしょ?」

「スカウト? じゃ、あたしをあなたのオフィスに入れてくれるってこと?」

「レスリングの基礎も持ってるようだし、バランスも良さそう。でもそんなことはどうでもいいのよ。

重要なのは、仮にも、無敵だの女帝だのと言われているあたしに堂々と自分を売り込むその強気な姿勢…て言うか、どっちかって言うとずうずうしさかしらね?

へへっ、こんなに自分の力に自信を持ってるコなんて、めぐみ以来だわ」

「…ワールドタッグチャンプのコトですね? 光栄だわ」

「でも、その自信はプロレスラーになった途端、木っ端みじんに打ち砕かれるかも知れないわ。あんたみたいなプライドのカタマリのようなコには耐えられない事が、次々と襲ってくるかもしれないわよ」

「それ、脅してるつもりですか?」

「先輩からの、ありがたーいアドバイスよ」

「フフ…謹んでいただいておきますよ、それ。よろしくお願いしますね。先輩」

「よろしくね。ソニア」


祐希子が新人を拾ってきて、練習生として面倒を見ている。
誰もが、特に彼女を良く知る者ほど、そのことには驚いた。

しかし、新人テストでの合格者がゼロで、若手も武藤と結城以後の世代は金森と小縞しか残っていないということ、そしてソニアの持ち前の格闘センスもあって、”祐希子の弟子”ソニアは好意的に迎えられた。


2-1

「祐希子さん」

「ん? どしたの、ソニア?」

「あたし、いつになったらデビューできるんですか?」

「あたしが、もうリングに上げても大丈夫だと思ったらよ」

「…まだまだレスラーとして、不十分というわけ?」

「ううん。体はもう十分出来上がってる。少々のことは大丈夫な体になってるわ」

「それじゃ、何が足りないって言うんですか?」

「そうやって、早くリングに上げて欲しいって言ってくるのを待ってたのよ」

「…え?」

「自分の方から、早くリングに上がってプロレスがしたいって思うようにならないと、いざお客さんの前でリングに上がった時に集中できないわ。

集中力がないと、必ず大きな事故が起きる…この仕事は、そういう仕事だからね。リングに上がりたいって気持ちが吹き出してくるのを待ってたのよ。

…ははっ、あんたのことだから入門したその日にでも言ってくるかと思ったけど、さすがに練習がキツくて、そんな余裕もなかったようね?」

「…」

「オッケーよ、次のシリーズからリングに上がってもらうわ。
ただし、新女はファンもレスラーも、新人だからって甘く見てはくれないからね。気を引き締めてついてきなさい」

「まかせてくださいよ。絶対にみんなをあっと言わせてあげるわ!」


ソニアのデビュー戦、小縞聡美とのシングルマッチは、大方の予想を裏切ってソニアの勝利に終わる。

アイドルレスラーとはいえ先輩相手の勝利は彼女のセンスと将来性を証明するものだったが、それは同時に「遠慮は無用」との意識を新女の面々に持たせることにもなった。

その後は勝ち星を上げられず、負けばかりが増えていくソニア。
祐希子はそんな彼女を黙って見守っていたが、そんな折、新女と祐希子自身にとって大きな出来事が起きる。


2-2

「…祐希子、ちょっといいかしら?」

「あら南、どうしたの? 何か考えごと?」

「山田の旗揚げしたWOLFって団体知ってるわよね。あたし、そのWOLFに移籍しようかと考えてるの」

「…え?」

以前から誘われていたが、祐希子が復帰するまでは返事を保留していた、という南。
祐希子は、また一人同期がいなくなることに寂しさを感じながらも、彼女を気持ちよく送り出すことを決意する。

「あんたにはいろんな事を教えてもらえたわ。レスラー…っていうより、レスラーという名の『格闘家』としての心構えみたいなものをね」

「そういえば、WOLFにもソニアと同じくらいの年齢のコがデビューしてたわよ。向こうに行ったら面倒見てみようかしらね」

「ソニアと同じくらいの年齢のコ? ふーん…」


その後、偶然出会ったサンダー龍子から、龍子の団体・WARSにもイキのいい新人が入ったことを聞く祐希子。

いつか、WOLFやWARSの新人と戦うこともあるだろう。そうソニアに伝えて励みにさせようと、祐希子がジムに顔を出したある日…


「おーい、ソニアいるー? おーい!」

2-3

「ああ祐希子さん、ソニアのヤツ、今朝から姿が見えないんですよ」

「え? いないのあいつ? そろそろストレスのたまってくる時期だとは思ってたけど…まさか…」

「逃げちゃいましたかね? もう少し根性のあるヤツだと思ってましたけどね」

「しのぶぅ〜、あんたそんなにシレッと言わないでよ。ちょっと捜してくるわ、遠くには行ってないと思うから」

「あいつにやる気があるんなら、ほっときゃ戻ってきますって」

「そーはいかないって。預かった以上責任があるんだから」

「…意外とマメなんですねえ、祐希子さん…」


「…とは言ったモノの、どこへ行けばいーのやらと。初めて会った場所に行ってみるか…」

2-4

「やっぱりここだったわね」

「祐希子さん…ごめんなさい、あたし…」

「入門前、あんたに送ったあたしのアドバイス、役に立たなかったかしら?」

「…甘く見てたかもしれない…このスタイルを。初めはまだ慣れてないだけなんだ、って思えたけど、だんだん自信が持てなくなってきて…」

「自信が持てなくなるのはあんたの勝手よ。でも、それくらいで捨てられるくらい薄っぺらだったの? あんたのプライドは。
あんたはね、レスリングの基礎を持って入ってきてるから、他の選手よりスタートラインがすいぶん前にあるの。こんなに早く先輩のカベを感じることができるなんて、それだけで凄いコトよ」

「…」

「だからさ、しばらくは先輩がどんな走り方してるのか、後ろにくっついてじーっと見てればいいの。焦ることはないわ。あんたは物覚えが早いんだから」

「祐希子さん…」

「あらら、お腹すいてきたわ。そういや朝から何にも食べてないんだ。
よーし、カレー食べにいこっか。この近くにおいしい店があるのよ。しかも早食いでタダになる!」

「はは、祐希子さんにピッタリ!」

「何言ってんの、あんたも早食いすんのよ。あたしお金持ってきてないんだから」

「え? ええええ!?」

「ほらほら、早く行くよ。食べるのもレスラーの仕事のうちなんだから」

「…やっぱりこのスタイルって…あたしに合ってないのかも…」


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