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女神さまの落とし物


マイティ祐希子、復帰戦で因縁の相手・ビューティ市ヶ谷を下す。

翌日のスポーツ紙が大々的に報じる中、祐希子はさすがにところどころ痛む身体をさすりながら、新女のジムに顔を出した。

「恵理ぃー、一緒に練習しよ…あ、そっか、恵理はアメリカに行ってたんだ。…そういや菊池も引退して、もういないのよね」

引退や移籍で、同期で新女に残ったのは来島と南と市ヶ谷だけ。世界チャンピオンの武藤と結城を筆頭に後輩も順調に育ち、あの泣き虫の金井までもがジュニア王者になっている。

「…『引き際』って、こういう時に考え始めるのかな…」

ふと、がらにもないことを考えてしまった祐希子。
気を取り直して練習しようとするが、間の悪いことに今日は新人入門テストの日だった。
ジムが使えないと知った祐希子は、近くのフィットネスを使おうと外へ出る。


「ありゃ、あんなところでバスケしてる。3オン3ってヤツね。女のコも混じってるみたい。
…! なに、今のジャンプ力? それよりあのスピード…まるで菊池か上原さんを見てるみたい…」

「っ! あの…もしかして、マイティ祐希子さんじゃないですか…?」

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「えっ…う、うんっ。そーだけど?」

「うわあ、やっぱり! 復帰戦、テレビで見ました! 普段はあんまりプロレスとか見ないんですけど、あの試合だけは見てるうちにどんどん引き込まれていっちゃって。祐希子さんのプロレスってカッコいいですよね! 立体的でスピード感があって!」

「あはは、どーもありがとっ。それよりさ、あなたのジャンプ力とスピード、すごいわね。あの男のコたちに混じっても見劣りしてなかったように思うけど?」

「え、え? そ、そーですかあ!? プロのアスリートの人にそんなコト言ってもらえるなんて、嬉しいですっ」

「バスケのシロートが言っても何だけど、あなた、このままマジメにやってりゃかなりイイとこまでいくと思うわよ。…あ、名前、聞いてもいいかなあ?」

「木村…木村華鳥っていいます」

「華鳥…かとりちゃんかあ。高く跳べそうなイイ名前ね。それじゃあたしは先を急ぐんで。がんばってね」

「はい! お会いできて嬉しかったです! それじゃ!」

「ばいばーい。あはは、元気なコね。うーん、それにしても、あのスピード…」


フィットネスクラブでトレーニングを始めた祐希子は、ほどなく一人の少女に話しかけられる。

1-2

「あなた、この前テレビに出てたわね。確か、ショーレスリングのプログラムだったと思うけど」

「ショーレスリングはないわねえ。プロフェッショナル・レスリングって呼んでほしいものね」

「プロ・スタイルっていうのは、キャッチのようなスタイルのことを言うのよ。飛んだり跳ねたり、あれはサーカスだわ」

「スープレックスとサブミッションが、そのサーカスに負けることはよくあるのよ。
…で、あなたは何なワケ? あたしとレスリング論を戦わせたい、ただの元気のイイお嬢ちゃんなのかな?」

「…あなた、あのニュージャパンレディってオフィスのトップレスラーでしょ? このあたしをスカウトしない?」

「…驚いた。変わった売り込み方もあったものねえ」

ちょうど実施中の新人テストを勧めても「フィジカルテストではセンスは分からない」。
体力が無いと死んじゃうだけと言っても「体力なんて後からいくらでもつけられる」。
気持ちの大切さを説いても「日本人お得意の精神論」。
さしもの祐希子も目の前の少女に呆れるが、不思議と悪い気はしなかった。

「…その、超がつきそうなくらいの自信過剰ぶりは評価できるわ。プロにはハッタリも必要だしね。名前くらいは聞いておこっかな?」

「ソニア稲垣。ママはイギリス人、パパが日本人なの」

「ソニアちゃんね。覚えておくわ。それにしても、ママが英国淑女のワリにはマナーが悪いわね」

「…トレーニングのジャマして悪かったわ。ごめんなさい。
確かに言い方は間違ってたかもしれないし、精神面が大事なのも手続きが必要なのもよく分かるわ。ただ…あたしはレスリングが好きなの。それだけは分かって」

「…よく分かったわ」

「さよなら、チャンプ」

「バイバイ、またどこかでね。もっとも、あたしは今はチャンプじゃないけどね。
…うーん。あそこまで言うんだったら、ちょっと試してみても良かったかなあ…」


トレーニングを終え、新人テストも気になってジムへと戻る祐希子は、ジムの前で所在無さげにたたずむ少女に目を留め、声を掛ける。

1-3

「あ、あああああ! マママママ、マイティ祐希子さんんん!? うわあああ、ど、どーしよお! 本物だああ!」

「ち、ちょっと落ちつきなさいってば。えーとまず、用件はなに?」

「あ…あの。あたし、テストを受けたくて書類を出したんですけど、その…書類選考で落ちちゃって…」

「はあはあ、なるほどね。で、察するに、書類審査で落ちたんだけど、あきらめきれずにここまで来ちゃった…と。こんなトコかな?」

「…は…はい…」

「何とかしてあげたいんだけどね。一応、理沙子さんと育成責任者の越後で決めちゃったことだし…」

「そ、そんなっ、いいんです…今初めて会ったばかりのあたしなんかのために、祐希子さんにそこまで考えていただけただけで嬉しいです!」

「…ごめんね。あなた、名前は?」

「草薙ひよこっていいます」

「ひよこちゃんね。それじゃあ、せめて握手」

「うわあっ、あ、ありがとうございます!」

「…!」

「あっ! す、すいません! つい嬉しくて強く握りすぎて…」

「う、ううん。大丈夫、大丈夫。それじゃ気をつけて帰るのよ。テストはこれで最後じゃないし、また来年もあるんだから」

「はいっ! 祐希子さんとお話ができたなんて夢みたいです。あきらめないでがんばります!」

「ばいばーい…
…痛あー。フイをつかれた格好とはいえ、あの握力。恵理並だったわよ…」


ひよこに握られた手を軽く振りながら、祐希子は今日出会った少女たちのことを思い返した。

「まったく何なのよ今日は。
リングの女神さまが、あたしに届けものでもしたっていうの…?」

元気のいいバスケガール、自信のカタマリみたいなリトルレディ、怪力娘。
その中でも、一番気になるのは…


1-4

「…ちょっと、祐希子。また何か変なこと考えてるわね? やめてちょうだいよ、これ以上会社を振り回すのは」

「やだなあ理沙子さん、いつあたしが会社を振り回したってゆーんですか? 市ヶ谷じゃあるまいし」

「あなた自分の影響力の大きさに全然気づいてないわねえ。ま、どのみち言ったって聞かないんでしょ? 何考えてるか知らないけど、好きにやりなさい」

「さっすが理沙子さん、話がわっかるう。だーいじょうぶ。会社にメーワクはかけませんから。それじゃちょっと出かけてきますね」

「あら、どこ行くの?」

「女神さまの落とし物を拾いにね」


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