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凱旋


IWWF世界ジュニア王者として日本に凱旋を果たしたマイティ祐希子。

目標はあくまでドラゴン藤子でジュニア王座は通過点という思いはあったが、それでも世界と名のつくベルトの重みは、祐希子に自信を与えると同時にさらなる成長を促してもいた。


3-1

「おはようございますっ!」

「え? …あ、あんたは?」

「先日入門したばかりの菊池です! 道場の掃除は済ませておきましたあ!」

「そうか、この間入門テストがあったんだよね。新人が入ってたんだ。…えーと、菊池ちゃんね?」

「はい! 菊池理宇っていいます! 祐希子先輩!」

「うわあ、その先輩っての、何かくすぐったいなあ。でも…うん、悪くはないね。先輩かあ」

「はい! 祐希子先輩! これからよろしくお願いします!」


菊池理宇、藤島瞳、という好対照な後輩の登場。
祐希子の凱旋に刺激されて切磋琢磨する同期の面々。
何より、あと少しであのドラゴン藤子と同じ舞台に立てるかもしれないという期待。
帰国した祐希子にとって全てが上手く回っているように思えた、そんな矢先にそれは起こった。

──ドラゴン藤子、敗れる。

挑戦者・パンサー理沙子に敗れて長らく保持し続けたIWWFアジアヘビーのベルトを失っただけでなく、背中の負傷による長期離脱を余儀なくされたのだった。

「大丈夫ですか…藤子さん?」

「…なんてカオしてる、理沙子。あたしに勝ったっていうのにちっとも嬉しそうじゃないね。え?」

「私、ケガさせようとか…そんなつもりは…」

「バカ。レスラーにケガはつきものだ。お前にそんなつもりがこれっぽっちもなかったなんて事、戦ってるあたしが分かんないわけないだろ。ほら、新チャンピオン、お客さんに応えてやんなきゃ」


「…まあ、ドラゴン藤子が負けたからって、彼女自身がいなくなる訳じゃないし。まして、弱くなった訳でも無かったしね。あれは、理沙子さんが強くなったんだよ」

周囲の心配をよそに、藤子の敗戦にもあっけらかんとした祐希子。しかし、新女を襲う激動はまだ始まったばかりだった。


3-3

「理沙子、あんたホントにやる気あるの? 何よ今日の試合は。そんなので藤子さんのベルトを守っていけると思ってるの? 冗談じゃないわ、そんな甘チャンが新女のトップだなんて、例え周りが認めてもあたしが認めない!!」

「京子…私が手を抜いてるっていうの?」

「…あんたは自分の実力をそのままリング上で出すことを怖がってるのよ。ケガさせるんじゃないか、もっと大変なことが起きるんじゃないか…ってね」

「…でも、限度を超えた危険なファイトはどんどんエスカレートしていって、いつか必ず取り返しのつかないことを起こすわ。そうなる前に、私はもっと他のプロレスを模索したいのよ」

「理沙子…あんたがこのままトップにい続けたら、新女はどんどん生やさしいお嬢ちゃん集団になってっちゃうでしょうね…」

どちらが正しいか、明日アジアヘビーのタイトルマッチで白黒つける。
…上原のその宣言は、新女の全員に何か重苦しい予感を感じさせていた。

「理沙子は、全力を出して試合することができなくなっちゃった。藤子さんでさえ壊しちゃうくらいだもん、怖くなって当然よね。でも、あたしはそのくらいの力を持ってるってことが羨ましくって仕方ないの。だから理沙子には、同期として、親友として、あたしのたどり着けないところまで昇っていって欲しい…」

「…あたしには、頑張って下さいとしか言えませんね…上原さん…」

「フフ…だからといって勝ちまで理沙子に譲ってあげるほど、あたしはお人好しじゃないからね。勝負は勝負。アジアヘビーのベルトは、あたしがもらうわよ」

「上原さん、見せてもらいます。二人の戦い…!」


『IWWFアジアヘビー選手権は、王者パンサー理沙子が初防衛に成功いたしましたああ!! 大熱戦となったこの試合ですが、最後はやはり王者の地力が勝ったのか! 粘るブレード上原を振りきっての堂々たる勝利です!』

3-4

「…最後、腕のホールドが少し甘かったね。あの角度のまま叩きつけられてたら、あたしも病院へ直行だったかな」

「…京子…」

「あたしじゃ、あんたのホントの本気は引き出せないってことか。残念だけど完敗ね。でもひとつだけ言わせて。このままじゃ、理沙子あなた、世界王者には勝てないわよ」

「…」

「…それじゃ、敗者は舞台から降りるわ。理沙子、頼んだわよ。必ず、あたし達が届かなかった頂点にたどり着いてね…」

「…! 京子! 待って! 京子!?」

「上原さん…?」


ブレード上原、失踪。

それは、新日本女子の選手たちに大きなショックを与えた。
主力選手が抜けたという興行上の痛手はもちろん、若手にとって良き相談相手でもあった上原の失踪は、想像以上の不安感となって選手全体に拡がっていった。

祐希子にとってはメキシコで会った羽田和子が新女に移籍してきたことが多少の救いになってはいたが、それだけでは補えないような更なる難局が新女には待ち受けていた…


『な、なんと! 今リング上のパンサー理沙子に対してアピールを行なっているのは、全日本女子空手王者の吉原泉だああ!!』

「新日本女子プロレスが最強だ、などと吹聴されている今の格闘技界の風潮は、私にとっては少々腹に据えかねてるの。本当に強いかどうか試してもみないでそう言われるのは、あなたたちだって本意じゃないでしょう?」

「…私とやりたいっていうんなら受けるわ。逃げも隠れもしない。それがチャンピオンの務めだし、新日本女子の流儀ですからね。ただし、試合は正式な形で、お互い合意の上の公平なルールで行なうこと。これが最低条件よ」

現役全日本女子空手王者の吉原泉の殴りこみ。この「野試合まがいの異種格闘技戦」を受諾した理沙子には新女の内部からも不満の声が上がるが、理沙子は毅然としてこれをはねつけた。

3-6

「…あなたたち、なぜ新日本女子が最強だ…って言われ続けてるか知ってる? 藤子さんや、その前の先輩たちが、あらゆる外からの挑戦を、リングの上で退けてきたからなのよ。だから今日のようなことも、私には受ける義務があるの。アジアヘビー級王者としてね」

「…一つ、聞いていいですか?」

「…祐希子?」

「空手家との果たし合いには本気になれるのに、なぜ上原さんとの試合は本気で戦わなかったんですか?」

「何を言ってるの? 私はあの京子との試合、本気でぶつかっていったわよ」

「じゃあどうして、上原さん、いなくなったりするんですか!? 上原さんがどんな気持ちであの試合に臨んでたか、理沙子さんが分かんないはずないじゃないですか! それなのに…!」

「私は京子と全力で戦った。そして、チャンピオンとして、外敵とはリング上で戦って、これを退ける義務がある…それだけよ」


パンサー理沙子と吉原泉の勝負は、吉原の打撃にあばらを折られながらも必殺のキャプチュードを決めた理沙子が勝ち名乗りを上げた。

敗れた吉原がプロレスへの興味を示すなど、どこか爽やかな幕切れを感じさせた会場の片隅で、しかし祐希子は一人思い悩んでいた。

「…あれでもまだ本気じゃないのかなあ…」

「…まだ言ってんのかよ、祐希子。本気だろうが本気じゃなかろうが、理沙子さんには他意も悪意もないんだって!」

「…分かってるよ、恵理。ちょっとあたしも、考え方変わってきたんだ。ドラゴン藤子が認め、ブレード上原が本気にさせたくてついにできなかったパンサー理沙子っていうのは、ホントのところどんなもんなんだろうって…ね」

そして祐希子は、ついに口にする。
「パンサー理沙子に、いっちょケンカ売ってみる」と。

「? …怒ってんの恵理?」

「どーやらオレも、お前の毒気にあてられたらしいや。ただしもう少し時間が欲しい。今の実力のまま反旗を翻しても先は見えてるしな。時機が来たらその時、お前と心中だ」

「恵理…」

「知ってるか? オレは見かけによらずおせっかいなんだ」

「うん…知ってるよ、恵理」

二人が笑いあった時、息を切らせた菊池が駆けつけてきた。
入院しているはずのドラゴン藤子がリングに上がっていると…それを聞いた祐希子はリングサイドへと向かう。

3-7

「ドラゴン藤子は、今日を持って引退します。引退試合も何もしません。今日この瞬間が、ドラゴン藤子がリングに上がる最後の機会だと思って下さい。長い間…ご声援ありがとうございました」

「…藤子さん!」

「祐希子…悪いわね、約束守れなくて。でも、あなたが戦いたかったドラゴン藤子は、こんなまともに立っていられないようなレスラーじゃないはずよね?」

「あたしは…あんたが後継者として認めたパンサー理沙子に勝つことで、約束を果たすことにする…そう決めました」

「……正直言うとね、あなたと戦わずにリングを去るのは、私のプロレス人生の中で最大の心残りになるんじゃないか…そんな気がする」

「…そうですね、あたしと戦わなかったこと、絶っっ対に後悔させてあげますよ」

「そうなれば、あなたは私に勝ったことになるわね…」


前IWWFアジアヘビー級王者ドラゴン藤子…
この日、日本女子プロレス界に一時代を築いた偉大な王者が、時代の流れに逆らうことなく、静かにその身を引いた…

「ドラゴン藤子…あんたやっぱり、今でもチャンピオンだよ」


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