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王者


「…あ、市ヶ谷さん。あ、あの、今海外遠征から戻ってきました。わがまま言ってしまって、すみませんでした!」

「あーら、どこのどなた様だったかしら?」

「(…あ。や、やっぱ怒ってる…) あ、あの…以前タッグを組ましてもらってました、はるみですけど…」

「オーホホホ、そんな方もいらしたかしらね。あんまり帰っていらっしゃるのが遅いんで、どこかでのたれ死んでらっしゃるのかと思いましたわ」

「す、すいません…ご心配おかけしました」

「オーホホホ! 別にあなたのことなんかこれっぽっちも心配なんかしてなくてよ。ま、帰っていらっしゃったのなら、遠征の成果を見せていただかないとね。オーホホホ!」

「は、はい! 頑張ります!」

6a-1

「お帰りなさい。有意義な海外遠征だったかしら?」

「はい。おかげさまで。大事な時期にわがままを言ってしまって申し訳ありませんでした」

「フフッ、さっそく市ヶ谷に色々言われたようだけど、彼女が一番あなたのことを心配してたのよ。口ではあんな事言ってるけどね」

「え…そうなんですか…」

「彼女ももう少し素直ならいいのにねえ。ま、それが市ヶ谷の持ち味なんだろーけど。とにかく、遠征の成果、見せてもらうわよ」

「はい! 任せて下さい!」


見違えた。あるいは、一皮むけた。
はるみと対戦したレスラーの多くは、口々に帰国後の彼女をそう評した。

“若手の壁”越後しのぶどころか、あのデイジー・クライとナスターシャ・ハンまでも、次々と撃破。

ついには『市ヶ谷軍』の先輩、南利美から文句なしの3カウントを奪ったことで、新日本女子のフロントは一つの決断を下した。

「先シリーズはよく頑張ったわ、はるみさん。もう十分、IWWF世界ヘビー級王座に挑戦する資格があるようね」

「ホントですか? 理沙子さん!?」

「ええ。次のシリーズ、IWWF世界ヘビー級王座のタイトルマッチを行います。相手はもちろん、現王者のビューティ市ヶ谷」

「市ヶ谷さんと、世界ヘビーのタイトルマッチ…!」

「挑戦する資格のあるものが王者に挑むのは当然のことよ。上原も今のあなたなら、きっと認めてくれるわ。いい試合を期待しているわね」

「…勝ちます、絶対に!」


6a-2

「オーッホッホッホ! そうは問屋がおろしませんわよ、はるみさん!
このわたくしに挑戦なさるには、まだまだ力不足のようでしたわね!」

「ま、負けた…。でも、今度は…次は、きっと…!」

「オーッホッホッホ! もう一度顔を洗って出直していらっしゃい!
なんでしたら、次のシリーズにもう一度チャンスを与えてさしあげましてよ?」

「え…。もう一度、戦ってもらえるんですか!?」

「何度でもよろしくてよ。まあ、そのたびに情けない姿を世間にさらすおつもりがあるならですけどね。オーッホッホッホ!」

「もちろんやります! やらせてください!」


市ヶ谷は強かった。しかし、決して敵わないとは思わなかった。

その手ごたえを感じたからこそはるみは即座に再戦を願い、そしておそらくはそんなはるみの想いと強さを肌で感じたからこそ、市ヶ谷も自ら再戦を口にしたのだろう。

はるみの方も、市ヶ谷の想いを感じたから──勘違いかもという気がしないでもなかったが──全てを懸けて再戦に臨んだ。そして…

6a-3

「オーッホッホッホ!! なかなかやりますわね、はるみさん! このわたくしにまぐれとはいえお勝ちになるなんて!」

「い…市ヶ谷さん…(ま、また難癖つけられるのかな…?)」

「このわたくしを倒してしまった責任は大きいですわよ。これからは、このわたくしのように、チャンピオンにふさわしい風格のある試合をしていただかなくてわね!」

「市ヶ谷さん…」

「ちょっとあなたには難しかったかしら? オーッホッホッホ!!」

「市ヶ谷さん…あ、ありがとうございました!」

「ホッホッホ。あなたにお礼を言われる筋合いはなくてよ。ま、しっかりおやりになることね。オーッホッホッホ!」

「…上原さん…私、とうとうここまで来ました。
これからは王者として、このベルトを守っていきます!」


「新チャンピオンおめでとう、はるみさん。
さっそくだけど、世界ヘビーの防衛戦が決まったわ」

「防衛戦ですか? 随分早いですね、理沙子さん」

「本当ならこの相手が先に市ヶ谷に挑戦することになってたの。スケジュールが合わなくなって、今回にずれ込んだワケ」

「そうですか。ま、早くても遅くても関係ないですよ! 私はただ勝つだけです!」

「フフッ、頼もしいわね。
あ、そうそう、そういえば昨日京子から電話をもらったの」

「え? う、上原さんから…ですか?」

「ええ。彼女の新団体、うまくいってるそうよ。あなたに、心配しないでって伝えておいて欲しいと言われてたの。自分の目標に集中しなさいって…」

「上原さんが…」

「京子が見てるわよ。頑張ってね」

「は…はい!」


「防衛戦か…挑戦者としてタイトルマッチを戦うのとは、また別の緊張感があるな…」

『ハーイ、入ってもいいですか?』

「あ、はい、どーぞお」

6a-4

「ハロー、はるみ。久しぶりね、元気だったー?」

「ああ!? ジ、ジャニスじゃないのお!? どーしたのよ一体!?」

「どーしたのとはご挨拶ね。挑戦者がチャンピオンに敬意を表して、こうやって挨拶に来たっていうのにさ」

「…え? 防衛戦の相手って、ジャニスなの…!?」

「そ。へへ、まさかあたしも、チャンピオンがはるみになるなんて思ってもみなかったからね。あのイチガヤに勝っちゃうなんてさ。とにかく、当日は思いっきりファイトしましょう!」

「ははは。そーかあ、二人で世界王座を争うまでになっちゃたのね、私たち。よーし、チャンピオンの意地に賭けても、絶対に負けないからね!」


6a-5

切磋琢磨。
その言葉が何よりもふさわしい二人による、世界王座を賭けた決戦。

初めて出会った頃とは何もかも違う大舞台のリング上でも、はるみとジャニスは出会った頃と同じように、まるでさらに互いを磨き上げようとするかのように、自分の全てをぶつけあった。

その戦いはいつ終わるとも知れず、観客たちも時の流れを忘れて目の前の熱戦に声援を送り続け…


《やりました! 大高はるみ、見事にIWWF世界ヘビー級王座の防衛に成功しました! 腕を高々と上げ、観客の声援に応えます!
いかがですか、解説の祐希子さん!?》

「見事な戦いでしたね。堂々とした、立派なチャンピオンです。私も早くケガを治して、彼女に挑戦しますよ!」

6-3

「おめでとう、はるみ…」

「ジャニス…」

6-4

「今日のはるみはグレートだった。素直に負けを認めるわ」

「…今日の試合、戦ってて楽しかったわ。こんな試合は久しぶり。今、私、本当にプロレスをやっていて良かったと思ってる」

「アハハ。そこまで言われちゃ、あたしも悪い気はしないな。
…ところではるみ、今日は人を呼んであるの」

「え? 誰? 私の知ってる人?」

「もちろん。はるみにとって大事な人よ。カモン、マスター・ウエハラ!」

6-5

「う、上原さん…!」

「はるみ、強くなったわね。私の手には届かないくらい…」

「上原さん…わ、わたし…その…」

「マスター・ウエハラとは、遠征先で何度か一緒になったの。あたしがはるみのことを話すとすごく心配そうだったんで、今日のこの試合に来てもらったのよ。はるみの大きくなった姿を見てもらうためにね」

「そうだったの…。
あ、あの、上原さん、私、上原さんのおかげでここまでこれました」

「はるみ、私は何も教えてないわ。ここまでこれたのは、自分の気持ちを貫き通した、あなた自身の力なのよ。私は、仮にもあなたの師匠と呼ばれることを、誇りに感じるわ」

「そんな、上原さん…。私一人じゃ何もできませんでした。上原さんが後ろで見ててくれたからこそです。でも、これだけは感じています。これで、上原さんから巣立つことができたかなっ…て」

「…ええ、立派に飛び立っていったわよ」

「さ、はるみ。もう一度お客さんに応えてあげなきゃ!」

「う…うん!」


6-3

…今、一人の”天使”が”女神”へと巣立った。

今までの女神たちがそうであったように、この真新しい生まれたばかりの女神も、これからは本当の意味で、ひとりで戦っていかなければならないだろう。

しかし、女神が常に孤独である必要はどこにもない。

今度は自分の力で、帰れる場所を作ることができるのだから…



〜 The End, or To be continued next "V3". 〜


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