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流転 (Another)


1-1

「お帰りなさい、はるみ。フフッ、なんだかたくましくなってるみたいね。どう? いい勉強になった?」

「そりゃもう! とってもためになりましたよ。向こうで新女の金井さんに会って、色々教えてもらいましたし」

「へえ、そうだったの。それはいい経験になったわね」

「…上原さん、少しやせました? 顔色もあまり良くないんじゃ…」

「え? な、何言ってんの。私は元気そのものよ」

「そうですか? だったらいいんですけど…」


どこか違和感を覚えつつも、再び太平洋プロレスのリングで戦う日々に戻ったはるみ。
先輩の金森からもフォールを奪うなど、順調に海外遠征の成果を見せていたのだが…


「おはようございまーす。さーて、今日も一日頑張るぞっ…あ、あれ?」

3-1

「…リングがない…上原さん! これは一体…!?」

「ごめん、はるみ…。もうここでは練習ができなくなっちゃったの。練習だけじゃない、もう一緒に試合をすることも…」

「まさか…会社が? た、確かに最近はお客さんの入りが今一つでしたけど…」

「最後まで頑張ってみたんだけど、私の力が足りなかったの。せっかくみんなでここまでやってきたのにこんな形になってしまって、本当に申し訳ないと思ってるわ…」

「…そんな、上原さん…上原さんだけの責任じゃないですよ」

「他のみんなは、もうそれぞれ身の振り方を決めてるわ。フリーになる者、他の団体に行く者…紹介状くらいは書いてあげられるしね」

「上原さんは…どうするんですか?」

「私は以前いた団体のリングに上がろうと思ってる。はるみ、あなたはどうする?」

「…私、新日本女子のテストを受けてみようと思います」

「テストを? 新女なら私も付き合いが深いから、わざわざテストなんて…」

「いえ、一から出直しするつもりで、練習生の頃の気持ちに帰って、やり直してみたいんです」

「なるほどね。…はるみはまだ若いんだし、それもいいかもしれないわ。それじゃ、次に会うのは新女の会場ってことになるかもね」

「そうですね。その時は上原さんのファイト、違った立場から見させてもらいます」

「…はるみ、私はね、あなただったら日本マットの頂点に立ってもおかしくないって思ってるの。祐希子や市ヶ谷を見てきた私が言うんだから、間違いない。だから、小さなことで満足せずに、大きな目標を目指して欲しい…それだけは忘れないで」

「は…はい」

「それじゃ…ひとまず、お別れね。早く新女のマットで、私と戦えるところまで上がってきなさいよ、はるみ?」

「はい! ありがとうございました、上原さん!」


3a-2

「テスト合格おめでとう、大高はるみさん。私が、新日本女子の現場を預かる佐久間です。フフッ、というより、パンサー理沙子っていう方が通りがいいかしらね」

「は、はい、理沙子さんの試合は、小さい頃テレビでよく見てましたから…」

「…小さい頃…はあ、私も、もうそういう年になったのねえ…」

「あああっ、す、すいません!」

「あらあら、ごめんなさい、変なこと言っちゃって。…えーと、さっそくだけど、次のシリーズからサーキットに同行してもらうわね。普通はまず練習生からだけど、貴方の場合は京子…上原さんのところで実績があるから。期待しているわよ?」

「はい! 頑張ります!」


こうして、はるみは新日本女子プロレスのリングに戦いの場を移した。

メキシコで世話になった金井とも再会。一緒に戦えると無邪気に喜ぶその能天気ぶりには呆気に取られつつも、はるみにとって面識の無いレスラーたちが多い中で、金井の存在が助けになったことは確かだった。

それでもやはり、国内最強団体たる新女のリングは、甘くない。

これまでのどのリングよりも熱く手強く真剣な戦いを見せる選手たちに囲まれて、はるみは今までの自分に甘えがあったことを思い知るのだった。


「…というより、知らないうちに上原さんに頼ってたのかもしれないな。一人でやって行くっていうのは、思ったより大変なんだ…」

自分はこのままやっていけるのか。まだ誰もいない早朝の会場で自らの不安と向き合うはるみの耳に、足音が一つ近づいてきた。

3a-3

「なんだ、まだ練習は出来そうに無いな…」

「斉藤さん…? いつもこんなに早いんですか?」

「あなたは…大高はるみさん、だったかな。フリーの人間はこうでもしないと、なかなかリングの上で練習が出来ないからね。新人のあなたもそうじゃないのかな?」

「え? ええ、そ、そうです」

「ちょうどいい、準備が出来たら、スパーリングの相手をしてくれないか?」

「あ、はい! 私で良ければ、ぜひ!」

元・全日本女子空手王者、斉藤彰子。
新女に単身殴り込んで南や祐希子らと死闘を繰り広げたことをきっかけに、プロレスに転身。日本マット界だけでなく海外でも高く評価されている選手だ。

スパーリングからでも十分に感じとれたその実力に舌を巻きつつ、はるみは胸に湧き上がった質問を斉藤にぶつけてみた。

「どうして…プロレスのリングに上がって試合をしてるんですか? 斉藤さんほどの人なら、空手の世界にいれば、その…もっと脚光を浴びられるっていうか、今みたいな苦労はしなくても済むんじゃないですか…?」

「…妙なことを聞くな?」

「ああっ、す、すいません。変なこと聞いちゃって…」

「フフフ…しかし、確かにあなたの言うとおりだ。でも私は、南や祐希子たちと戦ってるうちに、プロレスや空手といった枠を越えた、ただ単純な“強さ”を求めるようになっていったのよ…」

「強さ、ですか…?」

「そう。だから私にとっては、道場で門下生と組み手を行うより、リングの上で鍛えられたプロレスラーと戦う方が、重要なのよ。…分かってもらえるかな?」

「…そこまで、強さに対してこだわりを持てるようになるものなんですか…。何だか、自分も同じリングに上がってるのに、随分気構えが違うんで恥ずかしくなってきました…」

「そんなに大したモノじゃない。空手だけに打ち込んでて、私より立派な人なんていくらでもいる。要は自分の信じた道を全うするか、しないかだ」

「信じた道…ですか」

「もし今の自分に悩んでいるんなら、今の道を選んだときのことを思い出すんだな…」

「…何だか、前が見えてきたような気がします。ありがとうございました!」

「フフ…私は何もしてないよ」


一から出直しするつもりで、練習生の頃の気持ちに帰って、やり直す。
あらためてそう心を決めたはるみのファイトからは物怖じも甘えも気負いも姿を消し、それに伴なって結果もついてくるようになった。

特に新女でも実力派とされる永原ちづるから激戦の末に勝利を奪ったことは、意外といえば意外な人物の興味を、はるみの身に向けさせることとなる。


「オーッホッホッホ!!! あなた、最近新女に入ってきた方ね? はるみさん、とおっしゃったかしら?」

「うわあああ、な、なんですか!?」

3a-4

「まあ、なーんと世間知らずでいらっしゃるの? このわたくしをご存じ無いとは言わせませんことよ!」

「ああっ! ま、まさかあの、IWWF王者で“日本一の高飛車女”の、ビューティ市ヶ谷さん!?」

「オーッホッホッホ! 少々気に入らないフレーズも混ざっているようですけれども、一応、一般的な社会常識は持ち合わせていらっしゃるようですわね!」

「は、はあ…それはどうも…」

「それはそうと、はるみさん。あなたなかなか見所があるようね。わたくしの陣営に入れて差し上げてもよろしくてよ?」

「…ええ?」

「いえ、それだけではありませんわ。あなたを、このわたくしのタッグパートナーにして差し上げましょう。ホッホッホ、なーんというビッグでグレイテストなご褒美なのかしら!」

「は、はあ…」

「いかが? このわたくしとともに試合ができるなんて、レスラーとしてこれほどの喜びが他にあるかしら? いえいえ、お礼には及ばなくてよ。これからはわたくしのパートナーとして、恥ずかしくない試合をしていただかなければいけませんけどね。オーッホッホッホ!」

「あのお…せっかくなんですけど、いきなりすぎて…」

「まあ! まさかこのわたくしからの申し出を断るとおっしゃるの? これは、小物ながらも努力していらっしゃるあなたへのご褒美、スペシャルビューティなビッグチャンスなんですのよ!?」

「い、いえ、その、あの…それじゃ、お世話になってもいいですか?」

「オーホッホッホ! なかなか素直でいらっしゃるようね! よろしくてよ。世の中正直者は得をいたしますのよ!」

「…大丈夫かな。ホントに」


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