「お帰りなさい、はるみ。フフッ、なんだかたくましくなってるみたいね。どう？　いい勉強になった？」

「そりゃもう！　とってもためになりましたよ。向こうで新女の金井さんに会って、色々教えてもらいましたし」

「へえ、そうだったの。それはいい経験になったわね」

「…上原さん、少しやせました？　顔色もあまり良くないんじゃ…」

「え？　な、何言ってんの。私は元気そのものよ」

「そうですか？　だったらいいんですけど…」

どこか違和感を覚えつつも、再び太平洋プロレスのリングで戦う日々に戻ったはるみ。
先輩の金森からもフォールを奪うなど、順調に海外遠征の成果を見せていたのだが…

「おはようございまーす。さーて、今日も一日頑張るぞっ…あ、あれ？」

「…リングがない…上原さん！　これは一体…！？」

「ごめん、はるみ…。もうここでは練習ができなくなっちゃったの。練習だけじゃない、もう一緒に試合をすることも…」

「まさか…会社が？　た、確かに最近はお客さんの入りが今一つでしたけど…」

「最後まで頑張ってみたんだけど、私の力が足りなかったの。せっかくみんなでここまでやってきたのにこんな形になってしまって、本当に申し訳ないと思ってるわ…」

「…そんな、上原さん…上原さんだけの責任じゃないですよ」

「他のみんなは、もうそれぞれ身の振り方を決めてるわ。フリーになる者、他の団体に行く者…紹介状くらいは書いてあげられるしね」

「上原さんは…どうするんですか？」

「私は以前いた団体のリングに上がろうと思ってる。はるみ、あなたはどうする？」

「…上原さんと一緒に、試合がしたいです！　他団体でなら今までと違った部分も鍛えられると思うし、何より上原さんと一緒だと心強いですから！」

「…ほんとにそれでいいの？」

「はい！」

「…はるみ、私はね、あなただったら日本マットの頂点に立ってもおかしくないって思ってるの。祐希子や市ヶ谷を見てきた私が言うんだから、間違いない。だから、小さなことで満足せずに、大きな目標を目指して欲しい…それだけは忘れないで」

「は…はい」

「よし、それじゃ新女に殴り込むわよ！　新女は手強いから、そのつもりでね！」

《おおっとお！　たった今試合を終えた武藤めぐみと結城千種に向かって、何やアピールしているあの人物は…ブレード上原、ブレード上原です！　先頃所属していた団体が崩壊、その去就が注目されていましたブレード上原が、ここ新日本女子の会場に現れました！》

「久しぶりね、めぐみ、千種。二人で新日本女子に挑戦させてもらうわ。祐希子が欠場、来島が遠征中の今、最終的なターゲットはあなたたち二人ということになりそうね」

「いいでしょう！　…上原さん、お二人の挑戦、受けて立ちますよ！」

こうして新日本女子プロレスのリングに戦いの場を移したはるみ。

メキシコで世話になった金井とも再会。一緒に戦えると無邪気に喜ぶその能天気ぶりには呆気に取られつつも、はるみにとって面識の無いレスラーたちが多い中で、金井の存在が助けになったことは確かだった。

リングの上でも、目の肥えた新女ファンも満足させるファイトを見せたはるみは、「上原と一緒に来た無名レスラー」ではなく「大高はるみ」として認識されるようになっていく。

「はるみ、チャンスが巡ってきたわよ。次のシリーズ、私とあなたのタッグで、IWWFアジアタッグへの挑戦が決まったらしいわ！」

「ホントですか、上原さん！？　アジアタッグっていったら新女じゃ結構権威のあるベルトですよね」

「私たちがこのベルトを取ると、新女のトップも呑気にはしていられなくなるでしょうね」

「確か上原さん、このベルト、以前理沙子さんと一緒に持ってたんじゃなかったでしたっけ？」

「おおっと、そういえばそんなこともあったかなあ」

「もう遠い昔のことですもんねえ。アハハハ」

「…関節技かけられてもカットしてやんないわよ」

現アジアタッグ王者は、富沢レイと菊池理宇という異色の組み合わせ。
決して悪いタッグではなかったが、それほど連携に優れているわけでもなく、はるみたちにはベルト奪取のチャンスが十分にあった。

実のところ、上原にとってはベルトがどうしても欲しいというよりも、タイトルマッチではるみがどう戦うかを見たいという思いが強かったが、はるみは見事な試合ぶりで、師匠の期待に応えてみせる。

《12分06秒、ブレード上原が、ウラカン・ラナで勝ちました！　ブレード上原・大高はるみ組、アジアタッグ王座を奪取しました！》

「やった！　上原さん、やりましたね！」

「そうね。はるみのおかげよ。本当にいい動きだった。これで私も安心ね…」

「上原さん？」

「ううん、こっちの話よ。さあ、お客さんに応えてあげなきゃ！」

「…ああっとっと。まだリングも組上がってないわ。ちょっと会場入りが早すぎたかな？」

「大高はるみさんね？」

「はい？」

「はじめまして、マイティ祐希子よ」

「ええっ！　あ、ど、どうも、はじめまして！　うわあああ、まさか祐希子さんにお会いできるとは…あ、お怪我の方は大丈夫なんですか？」

「もう少しかかると思うけど、ぜーったいリングに戻るわよ。それよりはるみさん、随分いい試合してるわね。いつも見せてもらってるわ」

「ええ、そんな、私なんてまだまだで…」

照れるはるみを微笑ましげに見つめて、祐希子は「これはまだ独断だけど」と断ってから本題に入った。

ずばり、はるみを新女に引き抜きたいのだという。

「あなたなら何年後かには、ウチのトップが狙えるわよ。どう？」

「で、でも、上原さんに聞いてみないと…」

「上原さんにはもう話してあるの。本人に任せるって言ってたわよ。あの人はあなたのこと随分心配してたから、安心してくれるんじゃないのかなあ？」

はるみは迷った。
どちらが自分にとってプラスになるのか。いや、それよりも、どちらが上原を喜ばすことになるのだろうか…

迷った末、はるみは上原と一緒に行く道を選ぶ。それは、自分の将来や上原のためではなく、はるみの感情によるところが大きかったのだが…

「ありゃりゃ、そりゃ残念。まあ上原さんはずーっと一緒にやってきたお師匠さんだもんねえ。それもそうか。あはは、ゴメンゴメン。気にしないでね」

「…祐希子さん、どーもすいませんっ！」

その日の試合で、はるみはいまだジュニア最強との呼び声が高い菊池理宇とのシングル戦を組まれる。
先のアジアタッグ戦ではあまりマッチアップしなかった相手だけにはるみにとって楽しみな試合だったが、カード説明後に新女フロントの理沙子が洩らした言葉が少し引っかかっていた。

「今までの試合とはちょっと意味あいが違うわ。いい試合を期待しているわね…」

どういう意味なのか…それがわからぬまま、はるみはリングに立ち、好勝負の末に菊池から勝利を奪った。

「あれ…菊池さん。どうしたんだろ？」

「みなさん、今日はどうも応援ありがとうございました。
…実は、今日はみなさんにお知らせしなければいけないことがあります…」

「私、菊池理宇は、今日の試合を持って引退します」

「え！？　ええっ！？」

「ご存じの方もいるかと思いますが、私、前々から首を痛めてました。ずっと治療を続けてきたんですが、先日、これ以上プロレスを続けることはできないとお医者さんに言われたんです。

…それでも、負傷箇所をだましながら今日までやってきましたけど、やっぱりもう限界のようです。思ったようなファイトができません。

辞めるのは確かに寂しいです。けど、マット界には、どんどん新しい力が伸びてますから、安心して退けます。みなさん、今日まで本当にありがとうございました！」

「…菊池さん…」

「はるみ、最後の相手があなたで良かったわ。これからあなたがレスラーとしてどういう道を進むか分からないけど、菊池理宇の最後の試合の相手を務めたっていうことを、忘れないでね…」

「…はい！　菊池さん！」