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修行


ルチャの国、メキシコ。

かつて、この地では、師匠であるブレード上原がマスクをかぶり“エム・サンド”として王者に輝いたこともある。

そのことを知ってか知らずか、はるみは初めて訪れるメキシコの地でこれからの戦いに期待をふくらませていた。

「あ、向こうに見えるのが有名なアレナ・メヒコね。あそこでメインに出られるようになれば、胸を張って日本に帰れるわ。よし、明日からガンガンやるぞお!」

「ハイ! そこのガール! ちょっと道を尋ねたいんだケド」

2-1

「え? あ、あたし?」

「アレナ・メヒコに行きたいんだけど、どう行けばいいか知らない?」

「あ、向こうに見えるのがそうですよ。私も今から行くところなんです」

「ワアット? 見た所ジャパニーズのようだケド、メキシコまでわざわざルチャを見に来たってわけ?」

「ち、違いますよお、私、あそこで試合をするんですから!」

「へえ? それじゃ、あたしと同じだ」

「ええ? あなたもレスラーなの!?」

「アメリカから来たジャニス・クレアよ。ま、お互いニューフェイス同士、仲良くやりましょ。もしファイトすることがあったら、お手柔らかにね。それじゃ、あたし急ぐから。バアーイ!」

「ば、ばいばーい…はあ、元気なコ。何だか圧倒されちゃったわ」


落ち着く間も無く試合に出ることになったはるみ。
いきなり先ほどのジャニスと試合を組まれたが、実力がちょうど同等ということもあって好勝負を演じ、観客を沸かせることができた。

そして、その試合の観客の中には、一人の日本人レスラーも含まれていた。

「あのお、すいませーん…」

「あ、はい? どーぞ」

2-2

「こんにちわーっ。あのお、あたし、キューティ金井っていいますけどお」

「あーっ! あっ、あっ!」

「? あ、ごめんなさい、おジャマでしたあ?」

「い、いえいえ! あの、新日本女子のキューティ金井さんですよね…!?」

「わあ、あたしのコト知ってくれてるんですかあ? えへへ、実は今日、日本からレスラーがやってくるって聞いて、楽しみにしてたの。ここにはあまり日本人がいなくって」

「そ、そうなんですか? あ、私、大高はるみって言います。よろしくお願いします!」

「はるみちゃんね? こっちこそよろしく。それでね、はるみちゃん。いきなりなんだけど、もしよかったら、あたしとタッグを組まない?」

「え…? か、金井さんと?」

アジアタッグを取ったことのある同期の永原や富沢と違ってタッグのベルトを巻いたことのない金井。
メキシコ遠征はあくまでシングルでの参戦だったが、はるみの試合を見てメキシコタッグベルトを狙えると思ったのだという。

まだ駆け出しの自分がベルトを狙える…それは、はるみにも願ってもないチャンスだった。

「喜んで! 金井さん、よろしくお願いします!」


急造とはいえ、すでにメキシコで人気・実績ともに十分の金井が引っ張るタッグは、パートナーが新人だからと甘く見た他のタッグを次々と撃破。
エル・ドレックら実力者が遠征中ということ状況も味方して、早くもベルトに王手をかけた。

「うわあ、こんなに早く挑戦できるなんて」

「このチャンス、絶対モノにしちゃおーね!」

2-3

《16分34秒、大高はるみが、フェイスクラッシャーからの片エビ固めで勝ちました!》

勝利

「うわあ…キツかったなあ。もうヘトヘト。う−ん、でも、こういう試合に勝った後って、何ともいえない充実感があるよね!」

「ナイスファイトだったね! はるみちゃんの活躍のおかげで、タッグベルトが取れたわ!」

「いやあ、私なんて何もしてませんよ。金井さんのおかげです。…そういえば金井さん、今度メキシコヘビー王座に挑戦するんですって?」

「うん。タッグ王者になったんだから、これにも勝たないとね!」


メキシコヘビー級王者、デスピナ・リブレ。
マイティ祐希子や菊池理宇と世界ジュニアベルトを争った経験を持つ実力者。

デスピナにとってローカルとはいえようやく巻いたヘビーのベルトは失いたくなく、金井にとっても、菊池の持つ世界ジュニアへの挑戦権を得るためには負けられない一戦。

実力ではまだデスピナの方が勝っていたが…

2-5

《14分36秒、キューティ金井が、逆転のノーザンライトスープレックスで勝ちました! キューティ金井、メキシコヘビー級王座奪取です!》

「金井さん、おめでとうございます!」

「はるみちゃん、ありがとう! ここはメキシコだから相手への声援がすごかったけど、はるみちゃんの声、よく聞こえたよ。元気づけられたわ!」

「いえいえ。私は応援することしかできませんでしたから」

「ベルトかあ…なんだかやっと一人前のレスラーになれたカンジ。エヘヘ」

「…私もがんばりますよ! チャンピオン目指して!」


金井はベルトを持っての凱旋帰国。
残されたはるみにも帰国の日が近づいていたが、最後のシリーズでついにシングルのメイン戦に抜擢される。

相手はメキシコマット界のトップで、現WWA世界王者、チョチョカラス。
無論ノンタイトル戦だが、それでも世界のトップイベンターと戦えることに喜ぶはるみだった。

「よーし、絶対チョチョカラスに勝つぞお!」

「なかなか調子よさそーじゃない?」

「え?」

2-6

「ハーイ。ちょっと先を越されちゃったようね」

「あ…ジャニス」

「頑張ってね。応援してるわよ」

「あ…うん。ありがとう」

「それじゃ、ちょっと声がかけたかったモンだから。バーイ」

「…ふーん。結構いいとこあるのねえ…」

チョチョカラスとの試合は10分足らずでの敗北だったが、物怖じしない戦いぶりには会場から称賛の声援も飛び、はるみにとって手ごたえのある敗北だった。


こうして、はるみは初めての海外遠征を無事に終えた。

しかし、その成果を披露すべき自分たちのリングが大きな危機を迎えていることには、まだ気づく由もなかった…


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