闇を閃光が切り裂いてから、数秒。
遠くの雷鳴が、明かり一つ無い路地にまで聞こえてきた。
「あら、怖いこと」
ちっとも怖がってはいない声が、頭上を気にして振り仰いだ。
手にした精緻な作りの扇子が、半開きからぱちりと閉じられて、典雅な口元に当てられる。
「雨に降られては、たまらないわね。 戻るわよ」
路地の奥にかけられた銀鈴のごとき響きは、耳にした者全てが何らか反応を示さずにはいられない艶やかさと威厳とを備えていたが、今回に限ってはそのまま闇へと吸い込まれた。
それを気にした風もなく、女は再び口元の扇子を弾く。
「それにしても、『南海の弾丸』を目当てに来てみれば、『眠れる獅子拳』までも一緒とはね。 あのクラスとの二対一は想定外だったから、どうなることかと思ったけど」
視線が動いた。
路地の奥から、静かな足音がやってくる。
闇の中から浮かび上がってくるのは、周囲よりもさらに濃密な闇。
フードを備えた漆黒の長衣を、頭から纏った人影だった。
「終わってみれば、結果は一石二鳥。 むしろ、手間が省けたかしら」
フラッシュにも似た雷光が、路地を青白く染めた。
一瞬だけ浮かび上がったのは、長衣に飛び散った赤い血と、垂らした両手で硬く光る、長衣と同じ漆黒のフィンガーグローブ。 そして、フードの奥で冷たく輝いた、氷の瞳。
「私の予想以上に強くなってくれたみたいで、嬉しいわ。 これからもその調子で頼むわよ。 ねぇ──」
女の唇が最後に紡いだ名前は、世界を揺るがす雷鳴に遮られ、誰の耳にも届くことはなかった。
激しい雨はもう、すぐそこまで迫っていた。
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