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My Present Present
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2011年桜井さん誕生日、かってに記念誰得SSです。短いです。 また、半年前に終わったリプレイ「風と天使と殺戮者」の妄想補完SSその8にもなってます。
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「はい、あげる」
何気ない一言を添えて先輩が差し出してきたのは、十枚ほどのチケットの束だった。
その一枚目の印面、二月の早い夕焼けが赤く染め上げた文字を何とか読み取ると、桜井千里は三度ほどまばたきをしてから、ほんのわずかに首を傾げた。
「これは、何なのでしょうか?」
「見てのとーり。 あたし行きつけアーンドおすすめカレー屋さんの、タダ券十回分よ」
と、なぜか誇らしげに胸を張った相手は、千里の怪訝そうな視線に気付くと、
「あはは、ごめんねー。 こんなのしかあげられなくってさ。 あ、でもね」
味のほどはあたしが保証するって、しかもこの券はトッピング1個と大盛まで無料のスペシャルサービス券なんだから、いやーホントはあたしが使っちゃいたいぐらいなのよホントに。 などと照れ隠しの様相で一気にまくしたてた先輩の顔と、その右手で揺れるタダ券とやらの束を交互に見つめた千里は、
「いえ、そういうことではありません。 私を屋上に誘ってのこの行為に、いったいどういう意味があるのかということです」
と冷静そのものの声で言って、揺れるタダ券の動きをぴたりと止めさせた。
「えと……この行為って……? あの、一応、プレゼント、のつもりなんだけど」
「プレゼント……私に、ですか?」
怪訝どころか理解不能、かつ裏があるのではと疑う念すら感じさせる千里の返答に、その先輩──躍動感と自信に溢れた強気なファイトで知られる団体のホープにして、あのチョチョカラスから初対戦でベルトを奪ってみせた新進気鋭の AAC世界王者・マイティ祐希子は、
「桜井ちゃんって……あの……お誕生日おめでとう、じゃなかったんだっけ? 今日……」
と、彼女の人生史上においてかつて類を見ないほど、弱気な声を出したのだった。
「いやー、焦った焦った。 あたしがすっごい勘違いしちゃったかと思ったじゃない、桜井ちゃんてばもうっ」
前日差プラス3℃とはいえ、それでも凍えるほどに寒いジムの屋上。
その西側のフェンスに背をもたせかけた祐希子は、左手を団扇に見立てて顔をあおいでいた。 恥ずかしくて汗かいちゃったわよのポーズだが、案外ポーズではなく本気の仕草かもしれない。
「それにしても、まさか自分の誕生日をすっかり忘れちゃってる人がいるとはねえ。 ホントにびっくりしちゃったわよ」
「ですから。 別に、忘れていたわけではありませんよ」
もらったチケット束をジャージのポケットに押し込みながら、千里は先ほど祐希子に告げたばかりの簡単な抗弁を繰り返した。 夕焼けが頬の赤みを隠してくれることに内心では感謝しつつ、続く説明文を添えていく。
「ただ、そんな風習が無かったと言いますか……。 幼い頃や家族は別として、誕生日に人からプレゼントをもらうことなんて、ここ数年は無かったんです」
「ふぅん。 ちょっと寂しい少女時代だったのねえ……なーんて、あたしも似たようなもんだけどね。 ケンカとかばっかで、『誕生日? なにそれ?』って感じだったし」
ともすれば暗い空気を呼びかねない話だったが、祐希子の明るい口調とおどけた表情が、そんな雰囲気を微塵も感じさせなかった。 先輩のそんな様子を見つめた千里は、この先輩との付き合いもちょうど一年になるんだな、とふと気付いた。
「そういえば、祐希子さんの誕生日はいつなんですか?」
「あたし? 3月3日〜。 ひなまつりなのよん」
おどけたままそう答えたところで、祐希子は「おっと」と小声を追加した。 どこを見るでもなかった目線を千里へと戻して、
「そういや来月だけどさ。 お返しとか考えなくていいからね? てゆーか、その手の気遣いはあらかじめお断りしておきますって」
「いえ。 そういうわけにはいきません。 来月は私から」
「だからそういうのは無しだってば。 そんな意味で渡したんじゃないんだし」
「でも」
「いいのいいの。 そーゆーのは社長にたかるから。 それに誕生日だけじゃなくて、ウチに来てくれた桜井ちゃんに一年間お疲れさま、っていう意味も含……んでるんだからちょっとそこストップ!」
いきなり飛んできた制止に、千里はポケットから抜いた手を止めた。
その手の中に、どうやらせっかくですがご辞退・ご返却を申し上げようとしたらしいチケット束を認めて、祐希子は大きな吐息とともに肩を落とした。
「はぁ、まったく桜井ちゃんたら真面目とゆーか頑固とゆーか。 カレーが大っ嫌いってわけでもなきゃ、人の好意なんだから返却もお断りよ。 素直に受け取っておきなさい」
「ですが」
「イエもデモもデスガも禁止。 たった一年だけど、あたしは先輩なのよ? せ・ん・ぱ・い」
「……はい」
団体の大先輩・六角葉月評するところ「市ヶ谷のお嬢も相当だけど、頑固さならあいつらがウチの双璧かねぇ」な二人の場外戦は、こうして祐希子に軍配が上がった。
それでも納得いかないのか、わかりやすいほど渋々とチケット束をポケットに戻した千里に、こちらもわかりやすい苦笑を見せつつ、
「じゃあさ。 それでも何かお返ししなきゃって、桜井ちゃんが思ってくれるならさ──」
祐希子は空を仰いだ。
千里が追った視線の先には、泣きたくなるぐらいに紅く染まった雲が、ただゆっくりと空を流れていた。
「いつかあたしと、世界一を懸けて戦ってよ」
何気ない、しかし想像もしなかった一言に、千里は祐希子へと視線を戻した。
気付かなかったとでもいうように、祐希子は変わらず空を見上げている。
「世界一……。 それは、祐希子さんの持つ AACのベルトを懸けて、ということですか?」
「うーん、AACのベルトかぁ。 そっか、そうだね、それでもいいかな。 でも違うかもしんないねー」
からかうような祐希子の物言いに千里は微かに眉をひそめたが、それでも黙って続きを待った。
祐希子は顔を上げたまま深呼吸を一つ。 肌を刺す冷気を気持ちよさそうに吸い込むと、
「ベルトとかタイトルとか、そういうんじゃない──なんて新米王者のあたしが言ったらバチが当たりそうだけどね。 それでもそんな形とか名前とかは別にして、どっちも世界一ってくらい強い二人が戦う、世界中の人たちが楽しんでくれるような試合。 そしてやってる本人もすっごく楽しめるようなすっごい試合──そんな世界一の戦いを、あたしはやってみたいんだ」
と一気に言った。
吐き出した、という方が正解かもしれない。 言葉ではなく、胸に秘めていた想いを。
「理沙子さんや葉月さんやカラス、ついでのオマケで市ヶ谷のバカ。 それに、まだ会ったこともない世界中のすごい奴ら。 ……道はうんざりするほど険しいけどさ、それでもそこへ挑むくらいの資格はあたしにもあるはずだって、そう信じてるの」
そこまで言って、祐希子はようやく息をついた。
今度は軽く息を吸って、もう一言だけを付け加える。
「そして多分……桜井ちゃんにも、ね」
祐希子の顔は、いつの間にか千里の方を向いていた。
笑顔の中にも真剣さが感じ取れる祐希子の瞳、そしてその背後で今日の役目を終えようとしている夕陽の輝きに目を細めて。 それから千里は、ゆっくりと瞼を閉じた。
「そういえば、まだ言っていませんでしたね」
そのまま言葉を続ける。
「誕生日プレゼント、ありがとうございました。 嬉しかったです」
祐希子の返答は、無言。
笑顔から戸惑いに変わったその表情は、さらに拍子抜けと軽い失望に変わろうとしていたが、
「正直、今の私には遠すぎて、よくわかりません」
静かだがよく透る声が、祐希子の表情の変化を止めた。 千里はまだ、目を閉じている。
「ただ、私は祐希子さんに借りがあります。 一年前、入団テストの時の借りが。 私は、必ずそれを返します。 だから──」
一陣の突風が屋上を駆け抜けた。 祐希子は反射的に腕で顔をかばう。
長い髪が吹き乱されたのもわずか数瞬。 舞い戻った平穏に姿勢を戻した祐希子は、息を呑んだ。
千里の開かれた瞳が、真正面からこちらを見つめていた。
「だから。 祐希子さんがどこまで高い所に行っても、私は追いついてみせます。 それが世界一と呼ばれる場所なら、そこまでだって辿り着いてみせる。 そして、必ず」
「追い抜いてみせる。 って? それだけは……無理!」
今度は、千里が息を呑む番だった。
「誰にも追い抜かせやしないわよん。 悪いけどさ!」
凛と言い切った祐希子の表情は、世界を紅く染める逆光の中でも見間違えようのない、楽しげな笑顔を取り戻していた。
真っすぐな視線がぶつかりあうこと、数秒。
「えへへへへ〜」
と妙な笑い声で無言の対話を終わらせたのは祐希子の方だった。
「ま、今はあたしも桜井ちゃんもまだまだだけどねー。 でも、ホントにそこまでの二人になれれば、間違いなくすっごい世界一決定戦になりそーね。 うん、なんかゾクゾクワクワク、楽しみになってきちゃった! ね、そういう試合やろうって、約束しとく?」
まくしたてるやキラキラ輝く瞳を向けてきた祐希子を、どう思ったのか。
千里は、くるりと背を向けた。 階下へと降りる扉は、その数歩先にある。
「いえ、約束はしない主義ですので。 目標にしておきます」
「え〜、そなの? ちぇっ、桜井ちゃんのいけずぅ」
大げさな抗議にも振りむきそうにない千里を見て、祐希子は頭の後ろで手を組んでから、器用に肩をすくめた。
「ま、いいや、目標でもさ。 じゃ、いつかどこかで、ね」
「ええ……いつか、どこかで」
変わらぬ静かな声を残して、千里は歩き出した。
新たにできた目標に辿り着くためにも、彼女は強くならなければならないのだった。
今よりも、遥かに強く。
マイティ祐希子──後の NA世界無差別級王者。
桜井千里──後の IWWF世界ヘビー級王者。
二人の世界王者が、女子プロレス初となる世界大会で文字通り世界の頂点を賭けて争うのは、この日から数えて八年後の出来事である。
そして、一方。
もらったタダ券をいざ使おうとした千里が、有効期限が六日も前だったことに気付き、
「えー!? 何もったいないことしてるのよ桜井ちゃん! 大盛カレー十杯分なんて、どう頑張って節約しても、翌日には使いきっちゃうのが普通でしょ!?」
と、祐希子からお叱りのコメントを頂いたのは、この日から数えて八日後の出来事である。
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冒頭にも書いた通り。
半年前に終わった三回目リプレイの、『妄想補完SSその8』扱いな誰得SSです。
劇中想定は 2年目ですが、むしろ10年目のリプレイ最終戦後付けサイドストーリーでしょうか。
「桜井さんお誕生日じゃないかうわぁ何か書かないと」と三つほど SSネタを思い浮かべて、その中で間に合いそうなものイコール一番短いものを選んだらこうなりました。
ゆっこさんと桜井さんが好きなのは、もはや管理人の仕様です。
で、この二人を組ませるとゆっこさんが語りモードに入るのも、もはや仕様です。
そうでなくてもいろいろとクドい話なのも、もはや仕様です。
相変わらずヤマなしオチなしリョナなしエロなしなのも、もはや仕様です。(しつこい)
それはそれとして、最後に一言。
ハッピーバースデイ、桜井千里!!
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