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Jewels' Implication

リプレイ「風と天使と殺戮者」の妄想補完SSその2。
ほとんど社長と霧子さんの絡みだけって…


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「申し訳ありません」
 デスクの向こうから届いた謝罪の言葉に、広げたスポーツ紙に目線を落としていた男が顔を上げた。
 スレイヤー・レスリング・カンパニー、社長室。
 派手ではないが質の良い造りをした部屋は、落ち着いた調度を好む壮年の社長をおおむね満足させるものだった。ただ、唯一ソファだけは、色合いが趣味に合わないということで近々交換される予定だ。
 そのソファからは向かって左、デスクの真正面からこちらに向かってショートカットの頭を下げたままの美人秘書に、社長は渋面を作った。但し、半ば芝居がかっている。
「思わぬ展開になったものだな。そう思わんかね? 井上くん」
「……はい。申し訳ありません」
「君を責めているわけではないよ。手腕も疑ってはいない。ブレード上原の招聘をはじめ、君がいなければこうも上手く事は運ばなかったはずだ」
「ありがとうございます。ですが……」
「そう。ですが、だよ。井上くん。我々は画竜点睛を欠いた。よりにもよって本命を、しかもこんな形で取り逃がすことになろうとはな」
 社長は再び、机に広げたスポーツ紙に目を落とした。
 一面を飾っているのは、海外のトップモデルかと見紛うツリ目の美女。だが、日の丸を背に柔道着で表彰台に立った写真とチープな見出しに踊るその名前が、彼女が日本人であることを示していた。

 ─『柔道女王・市ヶ谷麗華、プロレス入りは“北の国から”!』
 昨年末の全日本柔道無差別級選手権、女子の部を史上最年少となる17歳で制した彼女が、五輪を袖にしてプロレス界で頂点を目指すと発表したのは二ヶ月前のこと。
 あの市ヶ谷財閥の令嬢という出自、日本人離れした美貌、神をも恐れぬ高飛車な態度、大言壮語を実行してしまう実力、と漫画の登場人物すら凌ぐ個性は知名度・話題性ともに抜群で、どの団体が彼女を射止めるのかという話題はネットやプロレス誌やスポーツ紙だけでなく、一般紙やテレビでも取り上げられるほどだった。
 そんな中、旗揚げも未だなスレイヤー・レスリングは下馬評こそ低かったものの、実際には新日本女子やワールド女子といった大手よりも獲得レースを優位に進めていた。
 社長が財界に持つコネクションとそれを最大限に活かす秘書・井上の裏工作。着々と外堀を埋めた彼らは、市ヶ谷財閥総帥との会食までも先日に実現。もはや獲得は間近という確信を二人に持たせるまでに至っていた。つい昨日までは。

「それが、WRERAとかいう無名の新団体をご指名か。今でも信じられんよ。新女やワールドならともかく旗揚げ前のインディとは……あのお嬢さまは何を考えている?」
「……正直、わかりかねますわ」
 井上は、ほんの少し上がり気味な眉をひそめて言った。
 ネットの書き込みでは『令嬢なのにゴミ袋を自分で、しかも分別せずに出しているところを社長に見られてしまい、思わず入団をOKしてしまったらしい』などのヨタ話も見られたが、そんな馬鹿馬鹿しい説は信じる気にもなれない。
「WRERAについても調べてみましたが、吹けば飛ぶような零細団体に過ぎません。新女やうちの誘いを蹴ってまで行く価値のある団体で無いことは確かです」
「価値なら、今後出るかもしれんな。今回の件で名も売れ、市ヶ谷財閥のバックアップもあるだろう。油断ならないライバル団体が誕生したわけだ」
 社長は天井を見上げた。その価値は、彼と彼の団体が手に入れるはずだったのだ。
「これだからプロレスは面白い─などとは思わんよ。これはビジネスだ。チャンスを逃した話は、面白くも何ともない」
「全くです」
「とにかく、我々の戦略は大きな見直しを余儀なくされたことになる。若手選手の駒不足は深刻。ブレード上原だけでは後が続かんだろう」
「フレイヤ鏡、RIKKA、石川涼美……いずれも個性的で魅力ある原石だとは思いますが?」
「小粒に過ぎんな。我々の元で磨けばそれなりに光ってくれるだろうが、市ヶ谷麗華というダイヤモンドの輝きには遠く及ぶまい」
 仮にも自団体の選手、それも獲得時には本人にも周囲にも「期待している」と褒めちぎった選手たちに対し、この言いようだ。さしもの井上も油断の無いきゅっと締まった口元を緩めたが、その思うところはわからない。
「仰るとおりだとは思います。ですが、社長は一つお忘れのようですわ」
「何をだね?」
 井上は、他の誰にも見せない艶やかな笑みを浮かべてデスクを回った。しなすら作って社長の肩に左手を置くと、反対の手につけられた赤い石の指輪を男の武骨な頬に当てた。
「最高級のルビーは、ダイヤモンドにも勝るということです。知名度や話題性はともかく、その価値では。我々は既にそのルビーを手に入れているではありませんか」
「ルビー……あの娘のことか。だが、あの娘にそこまでの価値があるかね?」
「少なくとも私は、そう思っております」
「なるほど。では、私もそう思わねばならんな」
 そう言いながら社長がスポーツ紙を畳んだ時、デスクの上の内線が鳴った。受付からだ。
『社長、井上さんが離席されておりますので直接失礼いたします』
「こちらに来ているよ。どうしたね」
『お約束の吉田様が来ております。いかがいたしましょうか』
「ほう、早いな」
 予定は一時間後である。社長は傍に立つ井上を見上げ、井上は頷いた。この辺りは阿吽の呼吸だ。
「通してくれ。ルビーほどに貴重な選手だ。失礼のないようにな」
『承知いたしました』


「失礼するよ」
 ノックの返事も待たずに、どちらかといえば大柄なポニーテールの少女が扉を開けて入ってきた。脇に控えた井上はその横柄さにわずかに顔をしかめるが、社長の表情と眼差しは、わがままな娘を見る優しい父親のそれだ。
「おお、よく来てくれたね、吉田龍子くん。いや、サンダー龍子くんと呼んだ方がいいかな?」
「龍子だけでいいよ。それより忙しいところ悪かったね。こっちに着いたばかりなんだけど、私なんかを拾ってくれた社長さんに、早くお礼を言いたくてさ」
「お礼を言うのはこちらだよ。若手最強の呼び声も高いサンダー龍子が、うちのような新参団体に入ってくれたんだからね。ワールドさんや日本海さんも熱心だったようだから、諦めかけていたんだが……」
 これは嘘だった。
 龍子の所属団体が入団後わずか一年半で解散の憂き目にあった後、ワールド女子や日本海女子が彼女を熱心に誘ったのは本当だ。ただ、それに先んじるために、スレイヤー・レスリングは井上の策をもとに様々な手を打っていた。
 その中で珠玉の一手となったのが、龍子とはタッグパートナーにして親友でもあった石川涼美の獲得だった。石川は地元・石川県に本拠を置く日本海女子への入団テストを受けようとしていたが、テスト前日に社長自らこれをスカウト。石川との関係を大切に思っていた龍子をも、将を射んと欲すれば、の格言通りに射止めたのだ。
「石川のやつが、この団体も社長もいい感じだって褒めてたからね。期待させてもらうよ、社長さん」
「ははは、責任重大だな。石川くんといい君といい、将来有望な若者たちを預かる身として、君たちが一流のレスラーに育つよう全力でバックアップさせてもらうよ。私はプロレスが好きだからね」
 ─よく言うものだ、と井上は思った。
 侮蔑ではない。むしろ尊敬に近い感情だ。
 策謀を巡らすという点において、社長は彼女に遠く及ぶまい。だが、財力・人脈を駆使してその策を実行に移す点と、他者を欺き自らを騙してまでも目的を果たしていく点において、彼女は自分が社長に遠く及ばないことを知っていた。
 社長に出会ったことで、彼女という魚は初めて水を得ることができたのだ。そして、彼女に出会った社長も。
(この人に力を貸して、一緒にどこまで行けるのだろう?)
 龍子と談笑を続ける社長を見つめていた目を、窓の外へと移す。厚くはないが一面を覆う白い雲。
(できることなら、遥かな高みまで……)
 雲を突き抜けることができるのか。できたとして、その上にあるのは何色の空なのか。
 今はただ、それが限りなき蒼穹であることを願うばかりだった。


懲りずに妄想その2です。その1以上に、やまもオチもありません。自覚はあるのよ、自覚は…

スレイヤー・レスリングの社長&井上 (ダーク霧子さん) と、ダイヤモンドの市ヶ谷、そして、ルビーの龍子さん。# 何となく龍子は「さん」付け。

天才・市ヶ谷は、カットすることで価値が出るダイヤモンドとはちょっと違う気もしますが、他の宝石のどれに当てはめても怒る気がするので。「永遠の愛」とか「純情」とかの宝石言葉は、全く合わないようで、実は合ってるような気も。

一方、龍子さんのルビーは、「熱情」「仁愛」でいかにもな感じ。「不滅の炎」なんかはむしろ、ゆっこ的かもしれませんけど。

なお、開始時点で龍子&石川の所属していた団体が潰れてる、とかいうのも妄想設定ですので、ご注意くださいませ。



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