タッグトーナメント一回戦、終了直後。
開催会場の一つ、その控室で、二回戦進出を決めた 8強16人の一人・永沢舞は、鼻歌まで歌って今日の勝利を祝っていた。
「勝利、ショーリ!
まさに会心の試合運びで、圧勝! アッショウ!
今日はやりましたよねー、森嶋先輩!」
放っておけばVサインして踊りだしそうなパートナーの方をチラリと見るにとどめて、森嶋亜里沙は静かな声を返した。
「…浮かれるのは勝手よ、永沢。 でも、次の試合のことは考えてるんでしょうね…?」
「もちろん、モチロンです!
二回戦の相手は千春先輩の妹さんと、なんといっても龍子先輩!
即席タッグだからって、油断できませんっ。 勝って兜の緒を締めよ、ですよね!」 *c1
「…私が言っているのは、そっちのことじゃないわ…」
バッグに荷物を押し込めていた手を止めて、森嶋は永沢を見つめた。
その目は、信頼するタッグパートナーを見る目つきではなかった。
「…次の試合は、シングルの一回戦。 あなたの相手は、私なのよ…?」
己の敵を見据える目つき。
その鋭い眼光に、さしもの永沢もたじろいだ。
「で、でもでも。 それは、そうなんですけど。
森嶋先輩と私じゃあ、まだまだ実力が違いすぎるってゆーか。
だから、私はタッグの方を頑張らなくっちゃ、なんて思ってて……」
「…そう。 それなら…」
森嶋は、唇の端を歪めた。 決して爽やかとは言えない類の笑みが、浮かべられる。
「…シングルは、私にわざと負けてくれないかしら…?」
「!! ……それって、本気じゃ、ないんですよね? 先輩……?」
「…さあね。 本気だとしたら、どうなの…?」
「……本気で言ってるなら、先輩のこと、見損ないましたっ。
そんなこと言う人に、私は絶対、ゼッタイ、負けたりしません!」
「…じゃあ、冗談だとしたら…?」
「冗談なら……えーっと。 それはまあそれで、負けられませんよね。
うん、負けられないです!」
「…それなら、どっちでもいいわ…」
「えっ?」
目をまたたかせた永沢の前で、いつの間にか森嶋の笑みの形が変わっていた。
気付いた永沢が、頬を可愛らしくふくらませる。
「あーっ、からかったんですね! 先輩、ひどい、ヒドイ!」
「…最初から、諦めたようなことを言うからよ。
負けても仕方ないなんて気持ちで試合して、得るものなんてない。 全力で戦いなさい…」
どのみち勝つのは私だけど、と最後に言い添えて、森嶋はバッグのジッパーを閉じた。
すっくと立ち上がる。
「…とにかく、私とあなたは敵同士。
宿舎に帰ったら、シングルの試合が終わるまで、あなたをパートナーなんて思わない。
あなたも、そのつもりでいなさいな…」
「……わかりました! それから、勝つのは先輩じゃありません!
私、ウサちゃんパワーとワンちゃんパワーで、先輩を倒してみせますから!」
「…できるものなら、やってみなさい…」
笑顔で届けられた永沢からの宣戦布告に、森嶋も不敵に応じた。
それから、後輩を顎でうながす。
「…それじゃ、早くしなさい。 一緒に行くわよ…」
「えっ? 一緒に行くって……どこへです?」
「…一回戦突破のお祝いに、食事して帰るのよ。 派手にいきましょう…」
「……あれ? 私たち、もう敵同士なんじゃないんですか?」
「…宿舎に帰ったら、って言ったでしょ。 それまではパートナーよ…」
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