「よ〜し、勝てましたぁっ!
レイさん、アシストありがとうございます!」
セミ前の 6人タッグ戦。
チームの勝利を告げるゴングの中、結城千種は、最後に相手のカットを押さえてくれた富沢レイに駆け寄った。
それが、乾いた音、そして鈍い痛みで迎えられるとは。 彼女は想像もしていなかった。
「レ、レイさ……ん? なんで……?」
「結城……ホントにあんたは、いつまで経っても甘ちゃんよね……」
頬を押さえて呆然とする千種の視線、そして観客のざわめきを、カクテル光と共に浴びて。
富沢レイは、平手打ちを放った姿勢のまま、いつもよりも数段低い声で言い放った。
「私たちが味方だったのは、今のゴングを聞くまでの話。
これから明日の試合に向けて、私とあんたはもう敵同士なのよ!」
── 2月の WREAR巡業は、明日のドーム開催が最終戦。 *a1
既報のカードには、結城千種 VS 富沢レイという一戦が確かに刻まれていた。
だからといって、今回何か特別な試合というわけでもないはずだ。
それをなんで殊更……と千種は不思議がるのだったが、
「だから甘いと言ってるの、結城。
あんたは知らないかもしれないけど、明日の試合はタイトルマッチ。
それも、あんたの EWA王座と私の TTT王座、両方を賭けて行なわれる、団体初のダブルタイトルマッチなのよ!」 *a2
「えっ……ええぇぇぇっっ!?」
驚いたのは、千種だけではなかった。
観客や選手の誰にとっても寝耳に水な話に、会場のざわめきも一段階アップする。
「わ、私、聞いてませんよ!? 初耳ですよ? 当事者なのにっ!」
「そりゃあそうよ。 私が社長に黙っておくようお願いしたんだから」
なぜか誇らしげに胸を張る富沢に、会場のざわめきが今度は一段階ダウンした。
口を小さく開けたまま固まってしまった千種と同様、呆けたのである。
タイトルマッチの前日サプライズ発表って興行的にはマイナスなんじゃ、とか、
いくらなんでも当の王者ぐらいには知らせておくべきでしょ、とか、
富沢DIYの TTT王座でダブルタイトルマッチって銘打つのはアリなのかよ、とか、
そもそも何で黙っておくようお願いしたのよ、とか、
それでOKする社長っていったい、とか、
種々雑多なツッコミの想念が会場を渦巻いたが、それに気づかないのか、気づいても意に介していないのか。
富沢は、実力ではとうに追い抜かれている後輩に対し、あくまで上から目線な態度を崩すことなく、したり顔で語ってみせた。 *a3
「目で見えるものだけを信じていてはダメよ、結城。
感じなさい。 そして、自分で判断しなさい。
明日の試合を正々堂々受けるのか、それとも逃げるのかを……。
さあ、どっちなの? 結城!」
「……わかりました。
いえ、お話の意味は全然わかってませんけど、明日の試合のことは、わかりました。
EWA王者としてその勝負……受けてたちます!
そして、どうせ返上させられる TTT王座は正直欲しくないので、すぐお返ししますから!」
「あーら、言ってくれるじゃない。 でも、そう上手くはいかないわ。
明日 EWAのベルトを巻くのはこの富沢レイだということを、しかと覚えておきなさい!」
一応は燃えているらしい千種。
根拠は無さそうな不敵な笑みを浮かべる富沢。
リング上で対峙する二人の姿に、まばらながら会場からは拍手も起きた。
そんな中。
数分前まで二人とタッグを組んでいた残り一名の武藤めぐみは、自軍コーナーポストを支えに頬杖をついて、
「こういうの……なんて言うんだったかな。 茶番劇? 三文芝居? それとも、猿芝居?」
うん、後で検索してみよう、とぼんやり決意していた。
迎えた翌日、2月最終第六戦。
EWAと TTTという二つのベルトが懸かった大一番(?)は、大方の予想に反し富沢が奮戦。
終盤にはサソリ固めでタップを奪うかというところまで行ったものの、最後は小柄な身体のどこにこんなパワーが、と唸らせるジャイアントスイング二連発で、千種が勝利を収めたのだった。
「ところで、レイさん。 今回の TTTは、何の略だったんですか?」
「……うーん。 とっても強気な富沢……だったかなぁ?」
|