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9年目4thQ (1〜3月) Part2 〜 スレイヤー・レスリングの一番長い日(前編) 〜

《目次っぽいもの》
スレイヤー・レスリングの一番長い日:Scene-1Scene-2Scene-3Scene-4 [SL] − 注釈?



●Scene-1 2月某日 10:06AM スレイヤー・レスリング社長室

「弱冠十五歳にして全日本空手王者に輝いた逸材……か。
よく説得に成功したものだ。 さすがだな、井上くん」

「恐れ入ります」

軽く頭を下げてから、社長秘書の井上はデスク上の書類、とりわけ一葉の写真に目を落とした。
斉藤2p

斉藤彰子。 *1a
社長の言葉通り、並み居る年上の強豪を打ち倒して日本女子空手界の頂点に立った少女は、井上が自らの出馬でスカウト活動に終止符を打った新戦力である。

手に入れた珠の輝きに期待と満足の笑みを浮かべてから、井上は社長に向かって表情を引き締めなおした。

「全日本空手王者となってからこの業界入りした選手は、過去に二人。
どちらもなかなかの成功を収めております。 *2a
無論、我々の団体に入ってもらう以上、『なかなか』程度では満足いたしません。
斉藤選手にはより高みを目指してもらいましょう」

「当然だろう。 肩書きだけであれば、あの市ヶ谷くんと同等の“原石”だからな。
ただ……」

言葉を区切った社長の顔に、苦渋の翳がよぎった。
そんな自らの弱気をたしなめるように、意識して硬い声を出す。

「我々の宝石箱は、既に満席だ。
新しい石を迎え入れる以上、古い石を取り除かなければならない。
その話は……大丈夫だろうね?」

「ご心配なく。
いささか急にはなってしまいましたが、何度か二人きりで話はしておりますので。
今日中には、平和裏に全てのカタがつくことでしょう」

「そうであることを願うよ。 よろしく頼む」

社長の顔には、微かながらも苦渋の翳が再び浮かんでいた。


●Scene-2 01:38PM スレイヤー・レスリング役員小会議室

「……いいのね? 残ることもできるのよ?」

相手への気遣いという仮面の下に、自分の予想が外れた意外さを隠して、井上は目の前の人物に念を押した。

念を押された相手は、弱々しく、ただし迷わなかった証拠として即座に首を振る。
それは、コーチとして団体に残るという道を、自らの手で完全に閉ざした瞬間だった。

「EXタッグで負けたとき……あの時から、決めてたんですよ〜。
もしもこの時が来ちゃったら……そしたら、こうしよう、って……」

そう言って、かろうじて、本当にかろうじての笑顔を自分に向けてくる相手に、心底申し訳ないという苦悩の表情を見せて──見事なまでの演技だと内心で自賛しながら──井上は、簡素なオフィスチェアから腰を上げた。

「わかったわ。 もう訊きません。 あなたが決めたことですものね。
──それじゃあ、社長のところに行って、挨拶をしましょうか……」

頷いて、しかしそのまま顔を上げられない様子の相手を支えるように促して、井上は二人連れ立って会議室を後にした。

出がけに井上が照明のスイッチをOFFにすると、北向きの部屋はたちまち薄暗くなって、無人の部屋という印象を強調する。
社長室へと向かった二人の足音が聞こえなくなれば、尚更だ。

──その部屋で、微かに空気が動いた。

会議室の片隅。 天井から床へ。

この部屋に監視カメラでもあれば、見ている者は驚愕しただろう。
あるコマから突然、片膝をついた細身の女性が出現したのだから。

床から膝を上げながら、その人影がちらりと見上げた天井には、もちろん開閉可能なパネルだの通風孔だのはついていない。
一体どこに潜んでいたのか──常人には、いや古えの忍びすら及びもつかない技を駆使する者。 それこそが、レスラーを引退しても衰えぬ“現代版くのいち”、RIKKAの真骨頂だった。

「…………あやつの願い、こんなにも早く果たすことになるとはな……」
RIKKA

コーチとなっても変わらぬマスク姿で呟くと、今ここで起こった出来事を、彼女に密命を託した「あやつ」に伝えるべく、RIKKAは行動を起こした。 *3a

「…………急ぐとしよう……」

その声だけを部屋に残して、風のように姿を消し──たりはせず、外から見られないよう部屋の隅に身を潜めると、どこからか携帯電話を取り出して、こそこそとメールを打ち始めた。

「…………この方が早い……」

これもまた、“現代版くのいち”の真骨頂であった。


●Scene-3 02:41PM 元宮町商店街 大吉食堂

「……まさか、こんな時間にお食事されているとは。 探してしまいましたわ」
フレイア

走り回っていたのだろう。
いつも冷静なフレイア鏡が、多少とはいえ息を切らせて店に入ってきたのを見て、声をかけられた女性は驚きの表情を見せた。
肉うどんの具を物色中だった箸はそのままに、上半身をそちらに向ける。

「仕方ないだろ? お昼食べそこねちゃったんだから。
こっちは昼前にいきなり井上さんから用事頼まれて、その帰りなんだよ」

ぶっきらぼうな言葉に含まれた井上という名に、鏡は眉をピクリと反応させた。

「……なるほど。 話の最中はあなたを遠ざけておこう、ということですか。
それにしても、あなたも携帯ぐらいお持ちになればよろしいのに。
おかげで少し慌ててしまいましたわ」

「そいつは悪かったね。 けど、メシくらい静かに食べさせろ……って主義なんだよ。
で、何の用なんだい?」

食事の残りが気になっているらしいその鼻先に、鏡は携帯電話を突きつけた。
持ち主を選ぶ目立つ色のそれは、鏡の私物だ。

「このメールをご覧になっていただけます?
そうすれば、今後はその主義も変わるかもしれませんわよ」

「RIKKAからのメール? ……いいのかい? 私が読んじゃっても」

「かまいませんわ。 そのためにお持ちしたんですもの」

事態が呑み込めないながらも、携帯電話を受け取ってメールを開く。
箸を口にくわえて携帯を操作する姿は、お世辞にも行儀が良いとは言えなかった。


●Scene-4 03:15PM スレイヤー・レスリング選手寮 206号室

「石川っ!!」

聞き慣れてはいるが、彼女にとって向けられた記憶だけは無い、親友の怒号。

蹴破らんばかりの勢いで自室の扉を開けたその声に、石川涼美は驚愕や戸惑いよりも絶望に支配された表情で、相手の名を口に乗せた。

「……龍子……」

「石川……これは、これは一体、どういうことなんだよ……っ」

部屋の中に踏み込んできたサンダー龍子の鋭い視線を受けて、石川はバッグに詰めようとしていた服を、一旦脇へと置いた。
バッグは海外旅行にも使えそうな大きい物ではあったが、長年過ごした部屋の荷物を詰め込めるほど、大きいわけでもない。

「あの、あのね、龍子。 とりあえず……手近なものだけ持っていこうかな〜、って。
大きい荷物は、後から送ってくれるって言うから、それで……」

「そんなこと訊いてんじゃないんだよっ!!」

龍子のポニーテールが、自身の声で揺れる。
リング上で幾多の敵を倒してきた両拳が、腰の横で固く握られ、震えていた。

「RIKKAから……直接は鏡さんから、聞いたよっ。
石川が、団体との契約を解除されたって!
しかも、あんたはそれを前から予告されて……なのに仲間の誰にも、私にさえ言わずにだ!
それで、一人で、出て行くって決めたって……。 なんでだよ……?
どういうことなんだよ……石川っ!?」

糾弾というにはあまりに哀切な親友の声に、石川は目を合わせることができなかった。
ただ俯いて、偽らざる自分の気持ちだけを伝えようとする。

「……ごめんね、龍子……」

「ごめんじゃ、ないだろ……っ?」

「……ごめんね……」

それ以上の言葉は、どちらからも出てこない。
重苦しい沈黙だけが、蛍光灯に照らされた二人の時間を過ぎ去らせていく。

龍子がその身を翻すまでは。

「…………龍子!? どこ行くのっ?」

何を感じたのか、石川が沈黙を破った。 背を向けたまま、龍子が声を絞り出す。

「納得できるかよ……社長と井上さんに言ってくるんだっ!
石川だけ追い出すなんて許せない! どうしてもってんなら、私も……!」

「だめ、龍子っ!」

一番恐れていたことが現実になってしまう。 石川は、追いすがって龍子の腕を掴んだ。

「放せよ……石川っ!
井上さんに何を吹き込まれたか知らないけど、そんなのに従う必要なんて無いっ!」

容易く振りほどくとドアへと向かい──後ろから抱きつかれて、その動きも止まる。

「石川……っ?」

「違う、龍子……違うの。 これはね、私が考えて、決めたことなの……」

石川の声は弱々しかった。
それでも、長年の付き合いだ。 龍子には彼女が嘘をついていないことがわかる。

「……龍子は優しいから、そんなこと言い出すかも、言ってくれるかもって思ってた。
でもね、龍子がいなくなったら、この団体はどうなっちゃうの?
この団体を飛び出ちゃったら、龍子はどうなっちゃうの?」

「……団体のことも私のことも、関係ないだろっ!
お前が、石川がどうしたいかって……大事なのはそれだけじゃないか!?」

「うん、そうだね……そうなんだよね。
あのね……龍子。 私は、好きなんだよ?
上原さんから始まって、みんなが今日まで守ってきた、この団体のことが。
何より、龍子がいて、輝いてる。 そんな団体のことが……本当にね?」

「…………」

「だからね、これは私のワガママなんだよ。
龍子に、この団体に残って欲しい。 ここで戦い続けて欲しい。
そんな私の……ワガママなんだよ?」

石川は、抱きしめていた龍子の背から、そっと身を離した。
最後に残した左の手のひらが、動かないままの龍子の肩から離れたその時、小さな声が石川の鼓膜を震わせた。

「……わかったよ。 ……石川、ごめんな……」

「ううん。 私は、大丈夫だよ……だって、龍子のためだもんっ」

石川は笑った。
今、その笑顔を見てくれる者は誰もいない。
それでも石川は、今の自分にできる一番の笑顔を作ってみせたのだった。

何よりも大切で、誰よりも大好きな、親友のために。




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■ 注釈(?) ■
*1a2月、スレイヤーにてコンバット斉藤の獲得です。
しかし、この名前だけはどうにかならなかったものなんでしょーか。 殺虫剤か、昔の白黒海外ドラマじゃあるまいし…。
*2a1P側の斉藤と、ミミ吉原のことです。吉原泉(2P)も出てきてますが、こちらはまだ新人なのでカウント外扱いに。
*3a9年目2Qでの密約です。
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