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8年目1stQ (4〜6月) Part1 〜 悪夢を越えて 〜

《目次っぽいもの》
さらば用心棒[WR]先輩は三つ年下[SL]悪夢を越えて[WR]注釈?



六角

「こんな私だけどさ。 結構、感動しちまうもんだね……。
あんがとな、今まで!」

4月。
名前が示す月にはまだ四ヶ月も足りないこの月に、六角葉月はカクテルライトに照らされたリングという舞台から退いた。 *1a

WRERA社長らはコーチ就任やフロント入りも打診・希望していたが、

「しばらくは、世界中をブラブラしてきたいと思ってるんでねぇ」

との笑顔の前に断念せざるを得なくなり、社長や秘書の霧子らに何度も惜しみのため息をつかせる一因となっていた。

「あははっ、みんなありがとさん。 花束とかってあんまし興味なかったけど、こうやって沢山もらうと、やっぱうれしいもんだね」

送別の笑み、涙ぐみ、泣きっぱなし。
自分を囲む仲間たちの様々な表情を照れたように見渡して、葉月は一人の選手が努めて仏頂面を作っていることに気づいた。
その選手に向けて、申し訳なさそうな顔を合わせる。

「悪いね、市ヶ谷。
私ら二人のタッグも、これでおしまい。 AAC世界タッグのベルトも、返上だ。
ま、お前さんなら、ベルトの一つや二つ簡単に取り戻せるだろうけどさ?」 市ヶ谷

「と、当然ですわっ!
私にはすでに千里さんというパートナーもおりますもの。
あなたなどがお一人居なくなったところで、別に痛くも痒くもなければ、悲しくも寂しくもありませんわよ!」

「そうかい? 私は、けっこう寂しいけどね?」

「……!! し、知りませんわ!」

「ふふっ。 ……あ、ところでさ、カオス?」

「……なんだ?」

葉月は次に、一人離れた場所から壁にもたれてこちらを見ている戦友──この二人にはこの言葉こそがふさわしいだろう──のマスクウーマンに声をかけた。

「えーと、スーパーカオスだっけ?
あんたさ、今月からいきなり名前変えて、マスクも新調したよね。
ひょっとしてそれ……私ゃがあんたのベルト奪ったことと、何か関係あったりするかい?」

「…………。 全く関係ない」 *2a

「本当に?」

「本当だ。 自意識過剰だぞ」

「そうかい。 そりゃ、悪かった」

そう言ってあっさりと頭を下げてから、葉月は特大の笑みを湛えた顔で、聞こえよがしに呟いた。

「まったく、最後の最後まで、素直じゃなくって楽しい奴らだねぇ?」

──六角葉月、引退。
WRERAでの通算成績は、299勝121敗。
獲得タイトルは、AAC世界タッグ王座、WWCA世界無差別級王座、TTT王座。

旗揚げ当初の苦しむ WRERAを救って今日の礎を築き、祐希子や市ヶ谷らを世界の舞台へと導いた、“WRERAの用心棒”は、今なお世界で戦えるだけの輝きを保ったまま、静かに去っていったのである。

六角

「さぁて、私ゃの引退記念だ!
今日はパーッと飲むぞ、食うぞ、遊ぶぞぉ!
みんな明日の夜まで帰さないから、覚悟するこったねっ!」

……あまり静かではなかったかもしれない。




WRERAで行なわれた六角葉月の引退式より、少し前のこと。 *1b

日本海女子プロレスに参戦したスレイヤー・レスリングのケルベロス小鳥遊は、ともに参戦した先輩の永沢舞が自分に向けたふくれっ面の可愛さに、思わず苦笑していた。
永沢 小鳥遊2p

「だからっすね、永沢先輩。
試合の組み方はこちらの団体さん次第なんで。
私に言われても、どうにもならないって言いますか……」

「でも、ずるい! ズルイ!
私の方が先輩だし、ここまでの試合はメインに組んでもらってたのに!
なんで最後の、しかもタイトルマッチだけが、ケルちゃんなのっ!?
ガルムさんとおんなじ名前の小鳥遊で顔も似てるからって、納得いかない、イカナイ!」

「……そのケルちゃんってのは、やめてくださいって」

苦笑を深めて、三つ年下の永沢をなだめる──どちらが先輩だかわからない──ケルベロス小鳥遊だったが、ラフなファイトスタイルにはそぐわない思慮深さを備えた彼女は、日本海女子が永沢ではなく彼女を JSWヘビー級王座戦に抜擢した理由に、それとなく気が付いていた。

「……要は、私の方が弱いからってこったよな……」 *2b

「え? ケルちゃん、何か言った?」

「あ、いえ。 独り言っすよ」

JSW

JSWヘビーのベルトは、苦しい経営を続ける日本海女子が、やっとの思いで創設したベルトだ。

そのベルトを、創設からわずか半年で他団体に流出させるわけにはいかない。 それは当然のことだった。

(あっちも、ウチの団体との付き合いの手前、タイトルマッチを組まないわけにもいかないんだろうがよ……)

永沢は、ここまでの試合で JSW王者のガルム小鳥遊に二連勝、エースの氷室紫月にも勝利を収めている。 そんな選手をタイトルに挑ませるわけにはいかない。 それもまた、当然のことだった。

(……これで私が勝てれば、日本海さんにはザマーミロってとこだけどな)

今の彼女には、まだガルム小鳥遊に勝てるだけの力は無い。
悔しいが、それが事実だった。

そして迎えた JSWヘビー級王座戦、ガルム小鳥遊 VS ケルベロス小鳥遊の一戦は、年季に勝るガルムがケルベロスを一蹴。
“地獄の番犬”同士の対決は、あっさりと前者に軍配が上がった。 *3b

ただ、この日の興行は、これで終わりとはならなかったのである。

中森

「これまで支えていただき、本当にありがとうございました!」


控室に戻った永沢と小鳥遊が、日本海女子のスタッフらに頼まれて戻ったリング。
そこで行われたのは、団体を旗揚げから支えた重鎮、中森あずみの引退式だった。 *4b

事前の発表も無い、サプライズ的な引退だったのだろう。
奇しくも同日に WRERAで行われた六角葉月の引退式のような盛大さはそこに無い。

しかし、ファンの女の子たちの悲鳴に近い惜別の声や泣き声、そして嵐のような拍手は、偶然居合わせることになったスレイヤー・レスリングの二人の胸にも、何か熱いものを残したのだった。

「引退、かぁ……」

「永沢先輩は、上原コーチの引退式にも出たんすよね?」 *5b

「うん。 でもねー、あの時は入ってすぐで、よくわからなかったから。
今は……ちょっとだけ、実感わいちゃう気もするかなぁ……」

「いやいや。 私らにはまだ早い話でしょ。 まずは、今日の中森さんみたいに、引退する時みんなに惜しまれて引退した後も覚えてもらえるような、そんな選手になるのが先っすよ」

「そうだよねぇ。 ケルちゃんにタイトルマッチのチャンスを奪われてるようじゃ、私もまだまだ、マダマダだよね!」

「いや、だから、それは……」

意外にしつこい先輩に、小鳥遊はこの遠征で一番の苦笑を浮かべることとなった。




「復讐……って?」

ようやく札幌にも桜の声が聞こえるようになった、5月の初旬。 WRERAの事務室。 *1c

WRERAの社長は、武藤めぐみが浮かべた当惑の表情を見て、自らもそれに上回る当惑の表情を浮かべた。

「……違うのか? そうなら止めようと思ったんだが。
いや……ちょっと待て。 整理しよう。 お前が直談判しに来たのは、スレイヤーさんに殴りこんで NJWPの防衛戦をやりたい、そういう話だったな?」
めぐみ

「うん。 そうよ」

「その相手にはライラ神威を指名する、と。
そしてそのライラは、お前が一年半前の対抗戦で負けた相手だ。
そうだな?」

「うん。 それも、ただ負けただけじゃなかったわ。
試合の後に大ケガ負わされて、病院送りにさせられたのよ。
しばらくは、夢に見て夜中に飛び起きるぐらい、ショックだったんだから」 *2c

「……それでも、復讐のつもりは無い、なのか?
言っとくが、リベンジってのも復讐って意味だからな?」

「ちょっと、それはズルくない?
負けたんだから、さすがにリベンジしようって気持ちくらいはあるわよ。
でも、それだけ。 あの人には、むしろ感謝してるくらいかな」

この言葉には、さすがに社長も驚いた。

「感謝……だってぇ?」

「そうよ。 あの頃の私は、天才とか次期エースとか呼ばれ始めて調子に乗ってた。
天狗になってたその鼻を、ガツンと見事にへし折ってくれたのがあの人だったもの。
おかげで、悔しくってひたすら練習に打ち込めたしね」

本当に鼻の骨を折られなくて良かったけど、と付け加えためぐみに、笑えない話だよ、と溜め息をついてから、社長は改めて訊いた。

「じゃあ、なんでライラを指名するんだ? 負けた相手なら他にもいるだろうに」

天井を見上げてそう言ってから、視線をめぐみに戻して──社長は思わず身を引いた。

「──言ったでしょ? 夢に見て夜中に飛び起きるぐらいショックだった……って」

気圧されたのだ。 静かに激情をたたえる、少し紫がかったその瞳に。

「今でもそのショックは、私の中に残ってるの。 どうしようもなく深く暗いトコに。
社長、私はね──あの人が怖いのよ」

「……それなら、尚更……」

「そうよ。 ホントは、一番戦いたくない相手。 できれば二度とゴメンだわ。 でもね……」

めぐみはそこで、まぶたを閉じた。
息を深く吸い込んでから、もう一度目を開く。
その目を見た時、社長は不意にもう四年も前のことを思い出した。 *3c

あれは確か、祐希子がパンサー理沙子に──

「──だからこそ、私はあの人と戦わなきゃいけないの。
そうしないと、私は先に進めない。 そんな気がするから……」

「武藤……」

「社長、だから、私をスレイヤーに──」

「……社長!」

めぐみが再び自分の願いを口にしようとしたとき、事務所のドアが開いて、秘書の霧子が急ぎ足で入ってきた。
明らかに話し中だっためぐみに気づきさすがに申し訳なさそうな顔を見せたものの、社長に促されたこともあって、報告の義務を優先させる。

「たった今、スレイヤー・レスリングから申し出がありました。
WRERAの今月興行に、三人の若手選手を参加させたい。
ついては、それぞれにタイトルマッチの機会を検討してやってほしい、と」

「……その三人というのは?」

「はい。 村上千春選手、メロディ小鳩選手、そして……」

「──ライラ神威選手」

めぐみの予言めいた割り込みに霧子は驚き、しかし、手にした紙を確認すると、肯定の意味で首を縦に振った。

「手間が省けたわね」

それが自分に向けた言葉かは判断がつかぬまま、社長は大きく息を吐いて、窓の外を見た。

天気は決して悪くなかったが、風の冷たさまでは、これも判断がつかなかった。


NJWP

── 5月シリーズ最終戦、セミファイナル。

王者・武藤めぐみ自らがライラ神威を挑戦者に指名した NJWP王座戦は、一年半前の“遺恨”をマスコミとライラ当人が散々煽ったこともあって、どこか異様な雰囲気の中でゴングが鳴らされた。

「バカな奴だな! おうちで大人しくしてろって忠告してやったのによぉ!?」

ゴング直後の奇襲、ライラ再会の挨拶は、ヘッドバット。
それが見事にめぐみの額を捉え、さらに髪を掴んでライラが二発三発と拳を入れると、流れ出る血が瞬く間に王者の視界を紅く染めた。

「いい色じゃねぇか! また血塗れにしてやるぜぇ? あん時と同じになぁっ!」

「あの時と、同じ? ……違うわ。 そうはならない!」

嵩にかかって攻めに来たライラの前進を、めぐみは高速のローリングソバットで止めた。

そんなもの効くかよ、と嘲笑を貼り付かせたままのライラだったが、その余裕は、ソバットの着地からノーモーションで繰り出されためぐみの次の技を目にした時、一瞬で消し飛んだ。

「フライングニール、だとぉっ!?」

──着地直後に、どういうバネしてやがんだ、こいつ!?

その驚愕を言葉に乗せる間も与えずに、電光石火の一撃がライラを吹き飛ばした。

助走不足ゆえに威力は半減。
しかし奇策めいたその一発は、ライラを動揺させるに十分な効果を発揮した。

「行くわ!」

ヘッドシザース、フェイスクラッシャー、ぶっこ抜いてのフロントスープレックス、さらに引きずり起こしてニーリフト。
めぐみの代名詞ともなりつつある怒涛の連続攻撃がライラを文字通りにきりきり舞いさせ、ドームを大歓声で揺るがせる。

「……っざけてんじゃねぇっ!!」

身体とプライドが受けたダメージにぶち切れたライラが、鋭い拳でめぐみの出血部分を襲った。
指関節を立てることで凶器と化したライラの右が容赦なく傷口を抉って広げ、鮮血の赤をとめどなく白いマットに撒き散らす。

それでも──今日のめぐみは、止まらなかった。

「私は負けられないの! あなたにも、自分にも!」

強引に抱え上げた不知火からのフォールはカウント2.8止まり。
しかし、間髪入れずに繰り出された今度は助走十分のフライングニールキックまでは、さしものライラも耐えきれなかった。

NJWP王座戦は、わずか11分55秒、意外なまでの圧勝劇で、武藤めぐみが二度目の防衛に成功したのである。 *4c

(……ようやく、終わった……)

リング中央に倒れたままのライラを血でかすむ目で見つめながら、めぐみはコーナーポストにもたれると、自らの身体を片腕で抱きしめた。

震えているのだ。
試合前から、今まで。 ずっと、止まることなく。

何度か深呼吸をし、爪を立てて痛いほど自らを抱きしめても治まってはくれない、その震え。
それが──

(…………えっ?)

額に当てられた誰かの手を感じた瞬間、嘘のようにピタリと治まっていた。

「……動かないでね、めぐみ。 大丈夫? 痛くない?」

まだ血が止まりきってない額の傷をガーゼで押さえてくれているのは、セコンドについてくれていた、結城千種だった。

「……千種……」 千種

「えへへ。 めぐみ、お疲れさま。 辛かったのに、よく頑張ったね?」

不覚にも、めぐみは泣きそうになった。

いや、ここがリングの上、大観衆の前でなければ、目の前の親友に抱きついて、泣きじゃくっていただろう。

それができない今の状況と自分とを少し残念に思いながら、めぐみは彼女なりのやり方で、千種への感謝の想いを言葉に乗せた。

めぐみ

「なに言ってるのよ、千種。 こんなの、ただの通過点じゃない。
私たち二人は、まだまだ上を目指さないといけないの! そうでしょ?」

「うん、そうだね!
私も、早くタイトルマッチできるくらいにならなくっちゃ!」

今日の興行は、まだメイン戦を残している。
リングを空けるために、二人は連れ立って花道を退場した。

「ん〜、でも、私はまだまだベルトを狙える力が無いもんなぁ……。
あ、そうだ! レイさんの TTT王座に挑戦してみるのってどうかな、めぐみ?」

「……千種。 それ取って満足しちゃったら、絶交するからね……」




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■ 注釈(?) ■
*1a4月のWRERAでは、堀CM、来島一日署長、山口にグッズショップ設置、マリー・ネルソン提携、などがあり、
市ヶ谷&桜井のNAタッグ王座初防衛(vsゆっこ&来島)、
ゆっこのNA王座十四度目の防衛(vs桜井)、もありました。
どちらのタイトルマッチも本文で書こうかと悩みましたが、この月は六角引退に尽きるので、回避。
*2aこの月に、各海外団体のトップレスラーが揃って 2P化(カラーチェンジ)
カオスに関しては、本文のような妄想もできて、ナイスなタイミングです。
*1b4月のスレイヤーでは、ステーキ屋スポンサー(千春)、GWAタッグ遠征防衛、小鳥遊2pFC、美沙CM、フレイアCD(「あまり」売れず…)、新潟に飲食店設置、ウェイン・ミラー提携、森嶋プライベートイベントその2、中森2p参戦、などがありました。
タイトルマッチは、小鳩がWWCAジュニア十一度目の防衛(vs千春)、
森嶋がWWPAヘビー八度目の防衛(vs石川)。
*2bデビューは約半年違いですが、永沢は資質Aで、小鳥遊2pはおそらく資質CかD。
評価値はじわじわ引き離されてます。
*3bガルムの衰えにより評価値差はそれほど大きくないのですが、ケルベロスはまだまだ修行中で、技を全然覚えていないのがキツいです。
*4bたまたま殴りこんだ日本海女子での、中森さん引退式。
六角と中森、中の人が同じ二人が同月に引退とは何たる偶然……田中敦子さん、お疲れ様でした。(違うっ)
*5b上原さんの引退については6年目1Qからの話をご覧ください。
*1c5月のWRERAは、めぐみFC、理沙子2pFC、千秋始球式、小縞写真集(「かなり」の売上)、カトリーヌ・チャン提携、山口飲食店設置、など。本文で取り上げていないタイトルマッチは、
堀のAACジュニア二十二度目の防衛(vs小鳩)、
堀&越後のアジアタッグ四度目の防衛(vs南&十六夜)、でした。
*2c団体対抗戦での出来事については、6年目3Qをご覧ください。
*3c4年目2Qでの話です。
*4c評価値はめぐみが上も、差はわずか。
今回、かませ犬っぽい役回りで記述しちゃってごめんなさい。 > ライラ
ちなみに、当リプレイではおそらく初めて、本文中に試合中の全部の技を記述してます。(…だから?)
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