後に“ケルベロス小鳥遊”というリングネームをもらうことになる小鳥遊薫が、スレイヤー・レスリングとの契約書に判を押していた頃。
彼女の四年先輩にあたるメイデン桜崎と真田美幸の二人は、十ヶ月ぶりに巡業参戦すべく新日本女子を訪れたのだが、そこでちょっとした騒動に巻き込まれることになった。 *1B
「いかにお嬢様といえど、やっていい事と悪い事があります。
今あやまれば、許してさしあげますわ?」
「ハッ! 誰があやまるって? 私はただ、チョロチョロ目ざわりな小猿に『どけ』と言ってやっただけだぜ?」
彼女の『言っただけ』には、必ず蹴りが伴うのだろう。
久しぶりの新女で子供のようにはしゃいでいた真田を横から蹴り飛ばしたのは、見るからに鋼のような肉体を持つ、短髪のヨーロッパ系選手だった。
「……ヨーロッパの人は謝罪できない、と聞いたことがありますけど、本当ですのね。
せっかく日本に来たのですもの。 謙虚さや慎ましさをお土産に、とっととお帰りになってはいかがです?」
「お前……誰にモノ言ってるのかわかってるのか?
私は、“蹴撃サイボーグ”ドリュー・クライだぞ!」 *2B
「存じ上げておりますわ、お嬢様。
いつぞや、うちの鏡先輩に挑戦して、5分で負けたゴリラ女のお名前ですわね」 *3B
「……イイ度胸してるじゃないか、東洋の猿が……!」
クライが殺気とともに間合いを詰め、桜崎が半身に構える。
クライがさらに半歩を踏み出そうとして──
「やめなさい、ドリュー。 ここはドイツのストリートじゃない。日本なのよ」
一触即発の空気を霧散させる、落ち着きはらった声。
その声に肩を叩かれ、クライは背後の通路を振り返った。
苦痛に顔を歪めた真田を助け起こしているのは、彼女のタッグパートナーにして、どうしても敵わずに頭も上がらない、“関節の女王”ナスターシャ・ハンであった。
「ちっ、ターシャか! あんたの指図は受けないよっ!」
「どうしてもやりたいなら、試合まで待ちなさい、ドリュー。
次の GWAタッグのタイトルマッチでは、嫌でも戦うことになるのだから」
「なにぃ? じゃあ、こいつらが!?」
「ええ。 先ほどニュージャパンのリサコから聞いたわ。
スレイヤーのサクラザキとサナダ……彼女たちが、次の挑戦者よ」
「ハハハッ! こりゃ、いい! 楽勝ってやつだな!!」
GWAタッグ王者、ナスターシャ・ハン&ドリュー・クライ。
かつて上原&RIKKA組をも破ったソニック&理沙子組から GWAタッグ王座を奪い取った、EWA最強のタッグチームである。
対して、桜崎と真田への評価は「中堅どころ」まで。下馬評では王者組が圧倒的に優勢だったが、試合は思わぬ展開でその幕を開けた。
「うふふふふっ……な〜にが楽勝ですって、クライお嬢様!?
本日はとことんご奉仕してさしあげますからっ!」
「アワワワ、桜崎先輩、今日はなんか怖いっスよ!?」
先鋒のクライ VS 桜崎のマッチアップは、パートナーの真田が引くほどの迫力で打って出た桜崎が、クライを圧倒した。
このまま一気に……と思われた勝負は、しかし、ハンの登場で一変する。
桜崎の得意は関節技。 それを完璧に封じ込んだハンのコマンドサンボは、代わった真田をも翻弄。
王者組の勝利は近いかと思われたが……
「根性が負けてたまるかぁぁぁああ!」
試合をひっくり返したのは、真田の気合と根性だった。
ハンを必殺の斬馬迅で打ち倒すと、さすがにタッチで出てきたクライを、この前のお返しとばかりに蹴り技のオンパレードで押し込んでいく。
それでも王者組は、細かなタッチと、ここぞの大技で凌いでいくが、挑戦者組も、桜崎がここへ来て十八番のメイド・イン・ヘヴンをハンに決めるなど、決してペースを渡さない。
そして、
「気合と根性は、無敵っスっ!!」
勝負を決めたのも、真田の気合と根性だった。
再びハンを打ち倒した、真田の斬馬迅。カットに入ったクライを抜け目無く桜崎が押さえる間に、レフェリーはマットを 3つ叩き終わっていた。 *4B
「ぃやったぁぁ、勝ったあ! 自分らが GWAタッグチャンピオンっスよ、桜崎先輩!」
「そうですわね、お嬢様。 ですが、まだまだ最強の座は遠く険しいもの。 油断せずに行きましょう!」
|