「静香お嬢様、今日は私がお相手いたします!」
「よっしゃあ! 斉藤さん、勝負っス!」
11月。 スレイヤー・レスリングのメイデン桜崎と真田美幸は、新日本女子への殴りこみに出ていた。
桜崎は八島静香、真田は斉藤彰子と、一度ずつメイン戦の機会を与えられた二人。 *1A
ともに格上の選手を相手に辛くも収めた勝利は、最近伸び悩む二人に、自信という名のカンフル剤を与えたのである。 *2A
「いやー! 大観衆を前にメイン戦で勝つってのは、気持ちいいっスね、桜崎先輩! 自分、自信もついたっス!」
「私もですわ、お嬢様。 けれど、あのメイン戦は新女さんのご好意。 私たちに、まだスレイヤーでメインを務める実力の無いことは、ゆめゆめ忘れてはいけませんわよ?」
「もちろんっスよ! うちの大先輩たちはレベルが高いから……一日も早く、追いつきたいっス! 来月の日本海さんへの殴りこみも、気合入れていきましょう!」 *3A
「そうですわね。 みんなと慰安旅行に行けないのは、残念ですけど……」
二人の発言どおり、12月は二人による日本海女子への参戦が予定されていた。
団体での慰安旅行に出られなくなる日程のため、取りやめることもできたのだが、二人は経験値を積むためにと半ば自ら志願したのだった。
そして迎えた、12月。 *4A
日本海女子の興行に参加した二人は、あることに大きく戸惑うこととなった。
「なんか……手作り感たっぷりって感じですね、桜崎先輩……」
「…………」
日本海女子では、細々とした雑用はもちろん、会場設営や大道具作成まで、選手がフル参加して作業を行なっていた。
自団体の興行や、以前に参加した新女やワールド女子など大手の興行では、程度の差こそあれ、どこも大部分は専属のスタッフが作業をしてくれていた。
特に自団体──スレイヤーは図抜けて選手が優遇されており、興行中は試合に集中できる環境が整えられている。
スレイヤーでデビューした二人が、そのギャップに戸惑うのは当然といえば当然と言えた。
「……ああ、そんな気を使ってくれなくていいよ。 いくら何でも、お客さんに作業させるほど人手に困っちゃいないって」
手伝いを申し出た桜崎と真田に、日本海女子のトップであるガルム小鳥遊は、巨体とリング上でのスタイルにそぐわない、優しい笑顔で言った。
「いや、でも、ガルムさんっ。そうは言っても」
「……わかりましたわ、お嬢様。何か御用がありましたら、遠慮なく申し付けてくださいませ」
空気を読んだ桜崎は、真田の言葉を遮るように話をまとめて、引き下がった。
だが、人手は明らかに足りていない。
現に、ガルムなどはその体格と林業で培ったコツを駆使して、試合前だというのに三人分にあたるような運搬作業をこなしている。
(……あれでは、ツライわ。 試合でも後れを取るわけよね……)
かつては、あのサンダー龍子と同等とも言われたガルム小鳥遊だったが、今は広スポのランキング上位にも顔を出さず、ワールド女子の十六夜や新女の八島らにも水をあけられている。 *5A
その原因の少なくとも一端が、今の日本海女子の厳しい経営・運営状況にあることは明白だった。
(日本海さんも、私がこの世界に入った頃はワールド女子よりも勢いがあったのに……ブザマを通り越して、哀れね) *6A
そこまで考えてから、桜崎は軽く頭を振って、思考を打ち切った。
他団体の人間のことを気にしてあげるほど、桜崎には余裕も義理もないのだから。
巡業では、桜崎も真田も、ガルムや中森あずみらとメインやセミで試合を組まれた。
会場は小さく、観客も満員には程遠く、演出にもお金はかかっていない。
それでも、プロレスの熱さに何ら違いはなく、観客の声援や笑顔にもまた、何ら違いは無かった。
そして最終戦が終わり、桜崎と真田は、会場の後片付けをする選手たちに笑顔で送り出されて、神戸への帰途についた。
「桜崎先輩……」
「どうしました、お嬢様?」
「自分、甘えてたっス! どんなに恵まれたトコでプロレスやれてたか、わかってなくて……今回が、今までで一番、勉強になりました! 明日からまた頑張りますっ!」 *7A
(……はあ。 単純な……)
真田のわかりやすい短絡思考に内心ため息をつきつつ、桜崎はそれをおくびにも出さずに、ニコリと笑って頷いた。この辺りの演技は慣れたものだ。
「そうですわね、お嬢様! 頑張りましょう!」
単なる演技。
そのはずのセリフに、意外なほど想いがこもってしまった気がして、桜崎は自分自身に驚いた。
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