「私の勝ちです。油断しましたね、市ヶ谷さん」
2月の WRERA巡業では、ちょっとしたアップセットがあった。
桜井千里がシングル戦で、ビューティ市ヶ谷をフォール。
ボンバー来島に受けた敗戦からさほど間もない再びの番狂わせを演じてしまったことに、当然のことながら市ヶ谷は大激怒。 *1
しかし、市ヶ谷の罵声と、来島の後のAAC挑戦者に指名するとの通告など聞こえないかのように、千里は静かな足取りで、控室への花道を戻っていた。
──そして、その日の興行が跳ねた後のこと。 *2
「おめでと、桜井ちゃん! あの市ヶ谷に勝つなんて、大したもんじゃない」
「ありがとうございます。 ですが、ただのノンタイトル戦ですから、紛れもありますよ。 それより祐希子さんの方こそ、防衛おめでとうございます」
この日のメインは、王者・マイティ祐希子が、前王者・ダークスターカオスを挑戦者に迎えての WWCA王座戦。
奇跡的な逆転勝利であった昨年春の王座交代劇から、一年足らず。祐希子がその身につけた実力は、カオスが積み重ねたそれよりも上回っていたのだろう。
カオスのパワーボムにヒヤリとする場面もあったが、全体的には祐希子が試合をコントロールし、カオスを破って四回目の防衛を果たしたのである。 *3
「ま、次やったらわかんないわよ。 アイツ、やっぱし強いもん。 恵理とのタッグ王座ともども、気は抜けないわよね」
「そうですか。 ところで、何か用なんですか? そうでなければ……」
「あはは、相変わらず、一人にしておいてオーラ、出してるわね。 でもさ、そんな桜井ちゃんにお願いがあるの。 あたしと組んで、AACタッグに挑戦してくれない?」
「……葉月さんと市ヶ谷さんのベルトにですか? 祐希子さんのパートナーは来島さんでは?」
「ほら、恵理は新女に顔出してるでしょ? 理沙子さんとの試合はキャプチュードにやられちゃってたけどね。 それに、恵理とのコンビでは二回負けちゃってるから、社長もカードを変えてみたいらしくってさ。 どうかな?」 *4
「……いいですよ。 あの二人との戦いなら、いろいろ得られそうですから。 もちろん、やるからには勝ちますが」
「その意気その意気! でも、タイトルマッチってとこには、あんまし反応しないのね。 ベルトには興味ないの?」
「興味はあります。 ただ、あまりむやみに『守るもの』を増やしたくないので……」
「ふーん? そういうもんなのねぇ」
葉月&市ヶ谷組 VS 祐希子&千里組、という初顔あわせになった、AACタッグ王座戦。 *5
葉月の関節技、千里の打撃、市ヶ谷のパワー、祐希子の投げ技と飛び技。
全員が全員の特長を余すところなく繰り出し、また引き出させた大熱戦は、一進一退、逆転につぐ逆転の攻防の末に規定時間の60分を使いきり、最後はフルタイムドローによる王座防衛となった。 *6
「あーもう、惜しかったなぁ! ま、お客さんがすっごく喜んでくれてたのは良かったけどさ。 またやろうね、桜井ちゃん?」
「はい。 来島さんがいないとか、カードが単調だとか、そういう都合がつけば、ぜひ」
「……ひょっとして、桜井ちゃんって、あたしのこと嫌ってる?」 *7
「いえ、まったく。 どちらかと言えば好きですね」
「そお?」
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