7月のAAC王座戦とWWCA王座戦の興奮も、ようやく落ち着いてきた 8月下旬。
女子プロレスファンを、さらに激しく沸き立たせる大勝負が、スレイヤー・レスリングにて行なわれようとしていた。
《本日、団体の至宝にして最高位、スレイヤー無差別級を巡っての王座戦が行なわれます。
挑戦者はこの一年、水底で時を待ち、天に昇る雲を待っていました……彼女が挑むのは、団体最強にして至上の宝石、王者・ブレード上原!
“雷龍”、サンダー龍子は、彼女を破って今度こそ天に昇れるのか!?
もはやこれ以上の言葉はいらないでしょう……決戦のゴングはまもなく鳴らされます!》 *1
同月、EWA防衛戦で前王者ナスターシャ・ハンをわずか 9分足らずで一蹴しているサンダー龍子。 *2
風は間違いなく彼女に吹いていた。
「雷神の鉄槌を、受けてみな!」
試合開始後、わずか1分。
上原がドロップキックで身を倒した直後にいきなり炸裂したプラズマサンダーボムは、まさに雷神の鉄槌。
EWA防衛戦と同じ圧勝劇を、脳裏に描いた観客も多かった。しかし、ブレード上原はそれが可能な相手ではない。
「この試合は……私が勝つ!」
《上原、お返しとばかりのフランケンシュタイナー!! カウントは……と、すぐに立ち上がったサンダー龍子……!? 流血だ! サンダー龍子、額から激しく出血しています!》
「くっ! やってくれるね、上原さん……っ」
「油断したかい、龍子? 棄権するなら今のうちだよ。
心配しなくても、何度でもやってあげる……何度やっても、私が勝つけどね!」
「はは……こうでなくちゃね。 こうでなくっちゃ、あんたを倒す意味、無いからな!」
自らの血をペロリと舐めて獣の笑みを見せる龍子のセリフは、奇しくも前月、マイティ祐希子がパンサー理沙子に放った言葉と同じだった。
その時の祐希子と同様、サンダー龍子は怒涛の攻めを開始する。
上原得意の飛び技が不発気味、という展開にも助けられ、15分経過のアナウンスが響く頃には、上原のダメージを一気にデンジャラスゾーンにまで持っていくが…… *3
「なにっ!?」
「弾けなっ!」
フルネルソンに龍子を捕らえた上原の、起死回生のドラゴンスープレックス。
カウントが入り──なんと、2つであっさりと返す龍子。
「あたしは……! 強くなったんだ!」
STO、ギロチンドロップ。そして、トドメにと繰り出すパイルドライバー。
終わるか──と観客が息を呑んだその時、間一髪リバースで技を返す上原。
それが最後のチャンスだった。
「この一瞬に、すべてをかける!」
再びの起死回生を狙った、乾坤一擲のフランケンシュタイナー。
決まれば、おそらくは上原の勝利。しかし──
「甘いん……だよ!!」
……後に、観戦していた桜崎と真田が「最後は、上原さんが勝ったと思いました」という言葉を二人揃って残した名勝負は、18分18秒で終わりを迎えた。
ブレード上原、返し技のプラズマサンダーボムで轟沈。
スレイヤー無差別級王座は、サンダー龍子がその手中に収めたのだった。 *4
「ははは、まいったよ、龍子。 あんたの勝ちだ。 強くなったもんだね」
「上原さん……ありがとうございました。 今日の試合だけじゃなく、今までも……」
「こらっ。 人を引退するみたいに言うんじゃないよ。 あいにく、私はまだ元気でね。 取り返すチャンスは、じっくり狙わせてもらうさ。 だけどまあ、今だけは──」
スタッフが持ってきたベルトを、手ずから龍子に渡す上原。その腕を取って頭上に掲げさせると、会場を祝福の拍手が包んだ。
「龍子、おめでとう。 あんたは、この団体の頂点に立ったんだ。 それだけは、ゆめゆめ忘れるんじゃないよ?」
「上原さん……ありがとうございました!」
さらに大きくなった拍手の中、リング上で行なわれている、さわやかな継承劇。
それを VIP席で冷静に眺めるスレイヤー・レスリング社長に、秘書の井上は一つのファイルを差し出した。
「井上くん? なんだね、これは」
「上原選手の、進路についての案ですわ。 後ほどお読みになって、ご検討いただければと」
「一つ聞くが、案とやらの中には、引退や契約解除の道も含まれているのだろうね?」
「ええ。もちろんです」
うむ、と頷くと、社長はおもむろにファイルを開いて目を通し始めた……。
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