「社長……したいの。ねぇ……」
ブラインドが下りた、夜の事務所。明かりを消したばかりの部屋。
思いつめた顔で目の前に立った祐希子が、潤んだ瞳を社長の瞳に合わせた。
「し、したいって? おおお、お前っ?」
心なしか頬を紅く染めた祐希子から逃れるように、社長はあとずさった。
しかし、わずか一歩でデスクに退路を断たれ、何より、視線を祐希子から離すことができない。
「社長……いいでしょ?」
悩ましげな吐息とともに、祐希子の両手がゆっくりと伸びてくる。
「あたし……」
やがて、暖かい指先が社長の頬にそっとあてがわれ──なかった。代わりに、胸倉を掴まれる。
「へ? ──うわぁっ!?」
突然、がくんがくんと激しく揺すられる社長の頭。
その耳に、祐希子の切なる願いの声が、頭蓋骨に何度も反響しながら届いた。
「殴りこみ、したいのっ! 新女に! ねぇ、いいでしょ!? 社長!」
「おおお、落ち着け、祐希子! 落ち着いてくれえ!」
「あたし、理沙子さんとシングル戦したいのっ! お願い!」 *1
……ということがあった、1月某日。 *2
その翌日、WRERA女子プロレス社長は、六角葉月を呼び出して昨夜の顛末を説明した。
祐希子の殴りこみが、興行にどれほどマイナスインパクトを与えるかを相談するために。
「あのさぁ、社長。EXタッグの時といい、ノロケ話を聞かされても、私ゃ困るんだけどねえ」
「どこがノロケだ、どこが。そうじゃなくて、祐希子を新女に行かせるかどうかをだな……」
「いいじゃん。行かせようよ」
「……いつも話が早いな、六角。今月は市ヶ谷もAAC防衛戦でメキシコだぞ。祐希子も抜けると、カードも集客も苦労しないか?」
「だーいじょうぶ。何とかなるっしょ。もしも取れってんなら、私が取るからさ」
何を取るのか──社長はすぐに気が付いた。軽く首を振り、苦笑を浮かべる。
「責任か。お前に取らせるなら、俺が取るよ。それも仕事のうちだ」
「へぇ。社長……あんた少しだけ、いい男だね。見直したよ」
どういう意味だ、と社長の苦笑は深くなった。
EXタッグでの理沙子との手合わせで手応えを感じ、単身殴りこんだ祐希子。その彼女に、新女は期待通りのカードで応じた。
“女王”パンサー理沙子 VS マイティ祐希子。
ノンタイトル戦ではあったが、祐希子にとっては待ちに待った、理沙子との直接対決である。
「ようやく……この日が来たんだ。期待は裏切らないからね!」
「勝ち負けより大切なことがあるのよ。それを……教えてあげる!」
世代は違えど互いに認め合う二人の戦いは、双方ともに激しくぶつかり合い、互いにニアフォールを繰り返す熱戦となった。
最後は二連続のフェイスクラッシャーで勝利こそ祐希子のものとなったが、理沙子の戦いぶりに、まだまだ底知れない実力を感じる祐希子だった。 *3
「いい試合だったわ。またやりましょう。……今度はベルトでも賭けて、ね?」
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